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津田梅子という人物について作者なりの評伝

もしもこの人物を大河ドラマにするなら…。


名前


津田梅子


よみかた


つだうめこ


職業


津田塾大学創設者


備考


岩倉使節団に随行して、満6歳で渡米する。


生没年


1864年~1929年


時代区分


明治初期~昭和初期


アピールポイント


黒田清隆の推薦を受け、岩倉使節団の女子留学生の5人のうちの1人として随行する。

この時わずか6歳であった。

この時の留学経験を生かし、女子英学塾【のちの津田塾大学】の創設者となる。

女性の地位が低い日本において、女子教育の先駆者となる。


女子学生が『女子校』に通うきっかけをつくり、同時にそんな女子学生たちをつけ狙う、不埒(ふらち)な男子学生も現れる。


やがて『男女共学』につながり、女子も高校や大学に通うようになると、『女子高』『女子大』、それから『女子高生』『女子大生』という言葉も生まれ、さらに時代が進むと、JS【女子小学生】、JC【女子中学生】、JK【女子高校生】、JD【女子大生】などと言われるようになる。

これもある意味、女子教育を世に広めた、たまものだろうと思われる。


津田梅子だけでなく、明治に入ると女子教育の発展、推進のために尽くす女性たちが現れるようになる。


女子英学塾は、華族や平民といった身分を問わず、将来有望な女子への教育を施すという方針があった。



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