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酒井忠清という人物について作者なりの評伝

もしもこの人物を大河ドラマにするなら…。


名前


酒井忠清


よみかた


さかいただきよ


職業


徳川幕府の老中【江戸時代前期】


備考


幕府の大老にまで登り詰めた人物。


生没年


1624年~1681年


時代区分


江戸時代初期、前期


アピールポイント


酒井家という徳川譜代の名家に生まれた。


由比正雪が反乱を起こした方なら、酒井忠清はその由比正雪の乱を鎮圧した方。


殉死(じゅんし)を禁止し、戦国の威風を無くし、あらためて天下泰平の世であることを知らしめる。


1657年に起きた明暦の大火も、酒井忠清の時代に起きた。この大火は江戸の歴史の中でも1、2を争うほどの大火となり、ついには江戸城の天守閣までが焼け落ちた。


酒井忠清も、江戸城の天守閣が焼け落ちるさまを目の当たりにし、ショックを受けた。


「おおおおお…、家康公の建てた、江戸城の天守が、燃え落ちる…。」


この大火の中で、西の丸だけが奇跡的に焼け残ったが、江戸の町も、ほとんどが焼失してしまい、約10万人超の死者、被災者を出した。


「なんということだ、江戸はほとんど焼け野原だ…。」


そんな中で、明暦の大火に関する様々な説が飛び交う。


その説の一つに、幕府陰謀説、つまり幕府が命令してわざと火をつけさせた、という説があったが、忠清は言い放った。


「何を言っているのだ!幕府が江戸の町にわざと火をつけさせるなど、そんなことがあるはずは無い!」


このように、幕府陰謀説を全面否定した。


そして江戸の町は復興へと向かう。その復興計画を立てることになったのもまた、酒井忠清だった。


「私は江戸の町を、以前にも増して、すばらしい町として復興させてみせるぞ!」


費用はいくら使ってもいいということだった。


そして瞬く間に、江戸の町は復興へと向かっていく。江戸の人々の心意気だった。



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