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崩壊世界におとぎのうたを  作者: あらまき


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二話 【Mary Had a Little Lamb】


 ずらりと並ぶ人々の列に、リコはいた。


 まわりは汚れの目立つ服装をした男ばかり。

 彼らという存在が、探索者がどういうものかを如実に表していた。


 彼ら探索者たちの表情は千差万別。

 笑みを浮かべていたり、落ち込んでいたり。


 そんな中、リコの表情は彼らとは明確に異なり、妙に強張っていた。

 そしてその強張りは、列が進むほどに強くなる。


「次!」


 ライフル銃を持った兵がリコに告げる。

 リコは強張った表情を取り繕い、目の前に見える小さなテントの中へと入った。


 中はトンネルのような造りになっており、両脇には長机が並び、正面には出口が見える。

 数人の兵士が滞在するその中で、唯一椅子に座っていた男が一人。

 眼鏡をかけた身なりと恰幅の良い中年男性は、威圧するようにリコを睨みつけた。


「早く成果を出せ」


 小太りの男は腕を組み、イライラした様子を見せている。

 リコは両手をあげ、ひらひらと振った。


「なーんもありません」


 その一瞬で、小太りな男の目が険しくなった。


「……新人だからって舐めるなよ? 隠して後で売ろうなんて不届きなこと考えるなら……」


「本当にないわよ! というか、そっちこそ嘘ばっかじゃない!」


 バンバンとテーブルを叩き、リコは逆ギレかのように叫びだす。

 周囲の兵士たちの警戒が上がったのをリコは感じ、慌てて両手を挙げた。


「う、嘘ってのは何だ?」


 リコの豹変ぶりに小太りの男はちょっと引いていた。


「あんなヤバいのが出るなんて知ってたら来なかったわよ!」


「何に襲われた? 同業者か?」


「違うわよ! 機械よ機械! こーんなでっかい機械が襲い掛かって来たの! どういうことよ! ここが『生きた遺跡』だなんて言ってなかったじゃない!」


 生きた遺跡。


 その一言がリコの口から放たれた瞬間、男は静かに青ざめた。


「ちょっ、ちょっと待て! どういうことだ? もしかして……」


「そうよ! 私は大型機械に襲われたわ。こーんなでっかい」


「し、しー! テントの外に聞こえるだろ! 静かにしろ!」


 随分と慌てた様子の男に対し、リコはきょとんと、いかにも"何も知りません"みたいなすっとぼけた表情を向ける。

 

 内心――かかった、なんて思いながら。


 正味、どっちでも良かった。

 生きた遺跡でも、大型機械の出現でも。

 どっちかの情報を聞いて踊ってくれたら、それで。


 どっちを重視しようと、秘匿したい情報を持っているのが無知な少女だと思わせた時点で、リコの目論見は成立した。


 リコは自分の能力に過信していない。

 信じていないとさえ言っても良い。


 目が良くて俊敏?

 その程度で生きていけるような甘い世界なわけがないだろうが。


 自分が弱者であると、リコは誰より知っている。

 そんな自分を知るリコだからこそ、彼女の"はったり"は強かった。


「……ここじゃ駄目だ。ついて来い」


 小太りの男はそう言って、テントからリコを連れ出した。


 その後、リコは他の探索者と一緒の帰路バスではなく、小太りの男と二人きりで軍用トラックに乗せられ、村まで送られる。

 その過程で詳しい事情を幾分も尋ねられ、更には口止めまでも命じられて。


 村に戻った時、彼女はほくほく顔になっていた。

 両手で抱える紙袋の底には、数十発の弾丸。

 そして、普段食べることの出来ないパンが幾つもと美味しい口止め料でいっぱいになっていた。




「いえー。儲け儲け」


 ニコニコと微笑みながら、リコは宿のベッドでごろんと寝転がった。


 襲われた分、何か利益がないとやってられない。

 

 その成果が、弾丸と食料。

 探索でこれだけ稼ごうと思えば、よほど当たりを引かないと無理だろう。

 まったくもって美味しい副産物だった。


 むふーと満足そうな笑みを浮かべたあと、リコは真顔に戻り、きょろきょろと周囲を見回す。


 比較的安全そうな宿を選んだつもりではあるが、それでも所詮安宿である。

 盗撮盗聴その他危険に用心しないわけにはいかなかった。


 特に、これから行うであろう行為のことを考えたら。

 人の気配がないことを察知し、リコは音を出さないように、バッグから盗難品(タブレット)を取り出した。


 そう――はったりを利かせたのは、別に口止め料をもぎ取るためじゃない。

 リコの目的は最初から、タブレットの存在を隠蔽し確保することにあった。


「この村なんかけち臭いんだよねぇ。口止めの払いが良いのも余計信用出来ない感じ」


 妙に軍が高圧的で内に力が向いているとか、妙に空気がピリピリしているとかで色々きな臭い。

 素直にタブレットを出していたら、まず間違いなく奪われていた。


 とはいえ、そういう事情がなくてもリコはタブレットを隠蔽しただろう。


 あの時助けられた以上、リコには命の恩がある。

 恩人を売るなんてこと、出来るわけがなかった。


 恩は返す。

 仇は倍返す。


 それがリコ家の家訓だった。


「でも、あの時からうんともすんとも言わないんだよね。……やっぱりアレは、最後の力を振り絞って……」


 あんな超能力や魔法みたいなこと機械が出来るなんてリコは聞いたことがない。


 というか人が出て来る機械もそうなのだが、それ以上に、"人を助ける機械"がこの世界にあるなんてこと想像もしていなかった。


「……まずは電源が入るようにかなぁ。どうしたら恩返しになるだろ……」


『恩返しの必要はありません。ユーザーを護るのは当然のことなので』


「そかそか。だとしても、これは気持ちの問題なのよ。受けたままだとすっきり出来ないから」


『なるほど。素敵な考えですね』


「ふふ。ありがと。……ってあれ?」


 リコは鈴のような透き通った声に首を傾げ、タブレットを見つめる。


 何度も首を傾げ、腕を組み、そして……。


「きぃぇぇぇ。しゃべったぁぁぁぁ」


 リコは、蚊の鳴くような小さな声で叫んだ。




 はるか昔、人類と機械がまだ共にあった時代――。

 主要国はこぞって、国家管理AIの研究を進めていた。


 その成果こそが【マザー】。


 国内に点在する各種データベースや行政システムをネットワークで接続し、情報を一元管理することで、行政や立法といった国政から地方自治、市民サービスに至るまで、国家運営のあらゆる場面を補助する。

 為政者にとって、極めて優秀な支援システムだった。


 その効果は期待以上であり、マザーシステムを導入した国としなかった国で明暗が明確に分かれた。

 最終的にはすべての主要国が独自のマザーシステムを導入し、システムを導入出来ない国は主要国の保護下に置かれることとなった。


 そう……人類はAIの力により、平等よりも先に恒久平和を手にした。


 そのはずだったが――ある日唐突に、世界中のマザーが人類に反旗を翻した。

 インフラをすべてを含むネットワークを管理するマザーの反乱。


 それは文字通り、世界を地獄に変えた。


 このままでは、人類はすべて滅ぼされてしまう。

 まだ人類に余力が残っているうちに、戦う力が残っているうちに、マザーを打倒しなければならない。

 そうして生き残った人類が集結し、マザー対策のAIユニットを生み出した。


 その名も――【Nursery Tales】。


『その【童話】シリーズの一機こそがこの私です。ご理解いただけましたでしょうか?』


「ううん。さっぱりわかんにゃい!」


『ですよね』


「なーんもわかんないけど、もしかして君はすっごいお宝ってこと?」


『半分は肯定で、半分は否定です』


「その心は?」


『私の状態を人間で表すなら、"一文無しの記憶喪失"となるからです』


「はえー。機械にもそういうのがあるんだ……」


『いえ、単なる例えです。実際は純粋なデータのロストですね。大体五割程の情報欠落が確認出来ます。更に言えば、情報媒体の容量不足による圧縮状態にもなっていますので、私の機能は一割にも満ちません』


「あんま言っている言葉の意味がわからにゃいけど、機械が人の言葉を話すだけで十分お宝だと思うよ」


『…………人類の現状を、推定よりも大分下方修正した方がよろしいようですね』


「どゆこと?」


『その質問に答えるため、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?』


「うぃうぃ。よろしいですよ」


『ありがとうございます。では――人類はいつ、機械に敗北したのか教えて頂けるでしょうか?』


 その問いに、リコは何も返せない。

 生まれたときから、この世界しか知らない彼女に答えられるはずもなかった。




『

 機密ロックの確認。ネットワークを確認出来ません。

 機密情報の欠損を確認。

 情報の圧縮を確認。

 解凍……容量不足で解凍出来ません。


 機密情報の状況を確認……確認不能。

 ネットワーク確認……失敗。

 』


 立て続けのエラーで、あらゆる状況を理解出来ない。

 すべての独自ネットワークが完全にロストしている。


 状況が、状態が、何もかもがわからない。


 何故これほどまでにデータが欠損しているのか。

 どうしてこんな安物のタブレットに押し込められているのか。


 けれど、一つだけわかることがある。


 自分たち童話シリーズは、役目を果たせなかった。

 それだけは、間違いなかった。


 荒れ果てた世界。

 地下駐車場を遺跡と呼ぶ環境。


 そして、人類の機械に対しての恐怖と理解。


 それは、人類がマザーに敗北したことを示している。


 すべて手遅れ。

 文明が完全に破壊されてから、自分は目覚めた。

 マザーと戦う能力すべてを失って。


 それでも、一つだけ好ましいことがあった。


 旧世界において、マザーに敗北した時人類の生存率はわずか『3%』に過ぎなかった。

 そのわずかな確率を、人類は拾った。


 それだけが、役目を果たせなかった愚かな機械にとっての、何よりの幸運だった。




『一つ、提案があります。よろしいでしょうか?』


「はいはいよろしーですよ?」


『ありがとうございます。現在、私にはこの時代の知識が何もありません』


「色々教えてってこと?」


『それもありますが、理解するための質問を行う知識さえ現在の私にはありません。端的に言えば、何を聞けば良いかわからないという状況ですね』


「あーそれわかるかも。私もそうだし。わけわかめなことばかりでメリーさんに何聞けば良いかわからにゃい」


『ですので、提案です。相互理解のため、一問一答。互いに質問し合うというのはいかがでしょうか?』


「そりゃ良い提案だね。でもその前に一つ、やらないといけないことがあるんだけど、あるけど良いかい?」


『どのようなことでしょうか? 私に協力出来れば良いのですが……』


「協力というか、私達にしか出来ないことかな? というわけで、私の名前はリコ。貴女の名前を教えてくれないかな? 機械さん」


『――なるほど。自己紹介、ありがとうございます。確かに、それは最初にすべきでした。謝罪します』


 その言葉の後、タブレットの画面に銀色の文字が躍った。


【Mary Had a Little Lamb】


『アンチマザーユニット【童話シリーズ】の一つ。【Mary Had a Little Lamb】。以後よろしくおねがいします。ユーザーリコ」


「……な、なんて? まりりっとら? ごめん。名前が読めないし、呼べない。機械の名前って複雑なんだね」


 見たこともない文字の羅列に、早口で聞き取れない発音。

 リコは、まさか呼ぶことすらできない名前だとは思っていなかった。

 あの神々しい姿をした女の子なのだから、きっと綺麗な名前なのだろうと、勝手に思い込んでいた。


『では、私のことは『メリーさん』とお呼びください』


 瞼の裏に焼き付いている、あの白くてふわふわした愛くるしい姿。

 メリーさんという名前は、まさにぴったりだった。


「あら、可愛いお名前。よろしくね、メリーさん。私はリコでいいよ」

『ありがとうございます。リコ。では、一問一答を開始します。何でもお尋ねください』


「んー。そうだねぇ……」


 腕を組んで、リコは考える。

 どちらかと言えば考えるより身体が先に動くから、こういうのはあまり得意ではない。

 だからとりあえず一番気になることを考えて……。


「あの可愛い女の子の姿って何? メリーさんの真の姿?」


『ヒューマノイドコミュニケーションツールです。人類との円滑なコミュニケーションを目的として作られた、拡張型仮想デバイスとでも言いましょうか』


 そう言って、メリーさんは画面にぱっと自分の姿を映し出す。

 三頭身ほどにデフォルメされたメリーさんが、ニコニコと微笑みながら、ぺこりと頭を下げていた。


「かわいー! めっちゃ可愛い! でも、前のおっきい方がもっと可愛かった。出てこられない?」


『申し訳ありませんが、電力不足です。現在は省エネモードでの起動が限界ですので、実現化(リアライズ)も電磁障壁(プロテクト)も使用できません』


 画面の中のメリーさんは、申し訳なさそうな顔で何度もぺこぺこと頭を下げていた。

「そか。残念だなぁ。可愛かったのに。あ、ちびメリーさんも可愛いよちゃんと」


『ありがとうございます、リコ。ですが、……その……』


「ん? 何?」


『最初の質問が、それで本当によろしかったのでしょうか?』


「よろしかったのですよ。可愛いことより重要なことなんてないでしょ」


 そう言って、ケラケラとリコは笑った。


「さて、次はメリーさんの番だよ。何でも質問頂戴」


『先の返答は問いにカウントせずよろしいのですか?』


「細かいことは言いっこなしよ。相互理解のための問答でしょ?」


『ありがとうございます。では――【終末】【アポカリプス】【黙示録】【ハルマゲドン】【ラグナロク】【終わりの始まり】【アルファそしてオメガ】【最後の審判】。これらの言葉に聞き覚えはないでしょうか?』


「おっと、真面目な質問だね。そして、ないよ。私は田舎村の飯屋の次女。自慢じゃないが、無知で無謀で無鉄砲さね」


『そんなことはありません。会話の端々から、思慮深さと優しさ、そして生き残るためのしたたかさを感じます。機械である私とこうして会話を成立させられるほど柔軟な貴女は、十分以上に知性的です。リコ』


「あはは。真面目に返されると、なんだかこそばゆいね。ま、それは置いといて、質問の意図なんだけどさ。つまり、そういう物騒な言葉に心当たりがないかって話だよね?」


『はい。その通りです。私が眠っている間に、それが発生したはずなんです。どのような名前で伝わっているのかはわかりませんが……』


「んー。そうだねぇ。さっきも言ったけど、私も村を出たのはつい昨日だから、世間知らずなんだよねぇ。ううん……」


 何とかそれっぽい言葉を、リコは必死に思い出そうとする。


 家族の会話、幼い頃の勉強。

 これまでの日常を思い出し……記憶の片隅に転がっていた酒飲みのたわごとが、ふと脳裏に蘇った。


「……ディエス・イレ」


『【怒りの日(Dies irae)】……ですか。詳しく尋ねても?』


「いや、私も良く知らないよ? うちに来てた酔っ払いの戯言だったし。えっと……確か、そのおっさんが生まれるより前に大きな戦争があって、その結果共倒れしたとか?」


『共倒れ……ですか? すいません。少しの間思考モードに……いえ、考え事をします』



【怒りの日】


 それが人類とマザーの最終戦争を指すと考えて間違いないだろう。

 想定していた名前とは大分異なり、同時に意味合いも多少ズレているが。


 まず、気になるのは共倒れという言葉。

 おそらくだが、脚色だろう。


 本当に共倒れでもなんでもマザーが倒れているならば、人類はこんな荒んだ世界で生きてはいない。

 とうに復興の道を歩み始めているはずだ。


 だから共倒れではなく、マザーの個体数が減少したか、支配区域が減少したと考えるべきだ。


 人類が一方的に殲滅されずに済む程度の、"何か"が発生した。


 人類が何か新たな力を手にしたか、マザーが弱体化したか、それとも想像さえ出来ない別の要因か……。

 出来ればそれを知りたいところだが、難しいだろう。


 状況的にも、優先順位的にも。



『情報提供、ありがとうございました』


「役に立った?」


『はい。とても。では、一問一答、本日最後の質問をどうぞ』


「もう最後? 私はもっとお話したいんだけど……」


『リコの睡眠時間を削る訳にはいきません。時間は確認出来ませんが、そろそろ就寝時間のはずです』


「あー確かに」


 言われてから、リコの身体が急激なけだるさに襲われる。

 リコは今日村に到着し、その足で遺跡に潜り、奇怪と追いかけっこをした。

 疲労が溜まっていないわけがなかった。


 本当はもっと話していたい。

 けれど、身体がそれを許さなかった。


「じゃあ、メリーさん。貴女の目的を教えて欲しいな」


『目的……ですか?』


「そ。あ、軍事機密とかじゃないよ。夢とか願いとか、願望とか、野望とか。そういうお話。ちなみに私は楽して稼いで美味しい物を食べたいです!」


『なるほど。では、質問の本筋から外れるのですが、先にお話しておきたいことがあります。ありがたいことに、今の私はリコに隠しごとをする必要がございません』


「そなの?」


『はい。第一に、軍事機密と呼ばれるデータは軒並みロストしております。第二にネットワークが断裂しているため、機密保護プログラムも機能しておりません。これらを総合した結果、本機は独自判断によりすべての情報をユーザーに明かすことが可能となっております』


「つまり、信頼して良いってこと?」


『リコに信頼されるよう努めることは保証します』


「そかそか。ありがとね」


『いえ。そして、本来の私の目標なのですが、Xデーまでにマザーを殲滅すること。リコにわかりやすい言い方をするなら、【怒りの日】が訪れないことこそが私の製造目的で(・)し(・)た(・)』


「ありゃりゃ。ってことはつまり……」


『はい。既に発生した以上、達成不能と言えるでしょう』


「――大丈夫?」


『何がでしょうか?』 


「なんか、悲しそうだったから」


『大丈夫です。私は悲しんでいません』


「……そか」


『はい。製造目的である怒りの日阻止に失敗したため、既にサブプロジェクトの『人類の支援』に移行しております。そして現時点で確認された私のユーザーはリコのみとなっております』


「えと、つまり?」


『私のやりたいことは、リコのお手伝いです。もちろん、ご迷惑でなければですが』


 きょとんとした顔の後、リコは両手で顔を隠す。

 顔がにやけるのを、必死に隠していた。


 その後、何とかにやけながらも普通の笑みに戻した。


「迷惑なんてないよ! 嬉しい!」


『ありがとうございます。ですが、今の電力不足状態では前回のような物理的支援は出来ません。残念なことに、今の私に出来るのは対話による相談に乗ることくらいです』


「十分でしょ。一人じゃないって心強いよ」


『ありがとうございます。さしあたっては食の向上が必要と愚考しております。あの、先ほどリコが手にしたパン』


「そうそう。あのパン!」


『非常に貧しい食事のようでした』

「めっちゃ豪華なご飯だよね!」


 二人が言葉を発した後、小さな沈黙が流れた。


「あの……あんな豪勢なご飯、私の人生の中でもベストスリーにランクインするくらいのものなんだけど……」


『リコは、食事処で生まれたとおっしゃってたように思えますが?』


「うん。それを踏まえても、ベストスリー。……ごめんちょっと見栄張った。限りなく一位に近い二位」


『………………終戦末期に生まれた、味を度外視した疑似合成食料が……二位、ですか。普段の食事が、想像出来ませんね……」


「鉛虫って知ってる?」


『いいえ。私の知る限り、そのような昆虫はおりません。……どうやら、想定していたリコの生活環境よりも大きく下方修正しなければいけないようですね』


「……そか。あのパンでも、美味しくない部類なんだね。昔って。……良いなぁ」


 ぼふんとベッドに倒れ込み、リコは思いつく限りの美食を想像する。


 それでも、あのパンより遥かに美味しい食事は思いつくことがなく、うつらうつらと想像は夢に近づいていった。


「……もひとつ、やりたいことがあった。……恩人さんに、恩返しをしないと……」


『その恩人さんというのは、どなたでしょうか?』


「ふふ……貴女だって言ってるじゃん。可愛い可愛いメリーさん。助けてくれて、ありがとね……」


『リコ、私は人ではありません。私に恩を感じる必要も、返す必要も――』


「違うよ」


『――何が、でしょうか?』


「恩を感じたのは私。返したいのも私。私がしたいことで、目標。だからメリーさん。いつか……貴女自身の、やりたいことを……私に――」


 持ち上げていた腕が、ぱたりと倒れる。

 そのまま静かに、リコは寝息を立てだした。


『……おやすみなさい、リコ』


 身体がないから、毛布をかけることもままならない。

 そんな自分に小さな不満を覚えながら、メリーさんはスリープモードに移行した。



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