一話 そうして君と出会った
「ぎにゃー!」
なんとも情けない悲鳴をあげながら、少女は走る。
必死だった。文字通りの意味で。
悲鳴の原因は、すぐ後ろ。
見上げるような巨体の、金属製の化物が少女を追いかけていた。
その姿は随分と歪であり、『機械』以外の言葉で表現することは困難だろう。
特に、崩壊世界と呼ばれるこの時代では。
『人工知能の反乱』
良くある『ありきたり』な崩壊原因である。
今を生きる当事者からすれば、『ありきたり』なんて言葉で片付けられるのは、たまったものではないが。
そう――AIが反乱を起こし、文明や国がなくなって、挙句人類の数が一割以下になっても、彼らは今を生きている。
かつての栄華を知る者はおらず、機械に襲われることが当たり前になりながらも――。
「なんでなんでなんでなんで! なんで低級遺跡の低層にこんなのがいるのよ! おかしいでしょ!?」
地響きの中、不気味な殺戮機械から少女は半泣きのまま逃げ続ける。
がしょんがしょんと金属をしならせ動く四つの脚は、どこかクモのよう。
腕の先はグラップルパーツ、いわゆる挟む形状の物で、カニのようにガチンガチン動かし威嚇を続けていた。
ちょっと間抜けな動きの癖に、どこか異質で不気味。
機械というより、もはや【奇怪】。
そんなのに少女は現在進行形で襲われ命の危機を覚えているのだから、混乱しないわけがなかった。
こんなとんちきな状況だが、どうしてこうなったかという事情についてはそう難しいことではない。
この黒髪で小柄な美少女(自称)の名はリコリス。
田舎育ちの旅人ニュービーで、今日この村に到着し、軍主導の依頼を受け遺跡に潜った。
そして他の探索者から離れ、さあ今日の宿と明日のご飯のため元気に遺跡漁りをしようとしたその矢先に、何の前触れもなく不気味な機械に襲われた。
これだけ。
何の複雑な事情も背景もない。
少女は、ただただ不運なだけだった。
このカルナト遺跡はほとんど枯れ果てており、発掘品だって鉄くずやスクラップ程度。
そう聞かされていたリコは、依頼主である村長のジジイにほのかな怒りを覚えた。
全力疾走で逃げながら、リコはホルスターからハンドガンを取り出し、構える。
銀に輝く小型のリボルバー。
この過酷な世界にて命を預けるには頼りない小さな得物。
けれど、何も持たぬ少女唯一の武器で相棒だった。
狙いを定め、引き金を絞る。
パン! と、乾いた音が耳をつんざき、腕に強い振動が響いた。
かいん。
間抜けな音で、銃弾は弾かれる。
今度は慎重に狙いを付け、もう一発。
かいん。
「ですよねー!」
わかっていた。
わかっていたけど、ワンチャンに賭けたかった。
リコがハンドガンを仕舞うと、ふと巻き上げるような風が背中にそよいだ。
振り向くと、グラップルアームが見上げるほど高くに振り上げられていた。
すぐ足を止め、方向転換。
奇怪の脇をすり抜けるよう、横軸方向に全力で飛び退いた。
直後、アームが叩き下ろされる。
激しい縦揺れの振動と金属の悲鳴。
鉛色の床は、ビスケットのように砕けていた。
あんなのを人の身で受けでもしたら、原型さえ残らないだろう。
とはいえ、危ないだけではない。
相手が足を止めたと言うことは同時に、こちらのチャンスでもある。
リコはお気に入りだったリボン型の髪飾りを外し、その巨体に向け放り投げた。
「おりゃっ。喰らえっ! 虎の子の切り札その一『EMPボム』!」
リボン型の飾り……電子手りゅう弾は奇怪のすぐ傍でバチバチと青紫の電流を球体状に展開した。
放たれる電磁パルスは脆い機械ならば完全に内部を破壊しきり、例え耐性があっても一分程度は行動不能に陥らせる。
機械を絶対殺す、まさに切り札である。
だが――。
ギギギと鈍い音を立て、奇怪のアームは持ち上げられる。
一分どころか、一秒さえ停止していなかった。
「……あはは……効果なしってのは、ちょっち予想してなかったなー」
リコがじりじりと後退するも、奇怪とリコの距離は広がらない。
四つ足を順に動かし近づくその動きは、クモやムカデに近くて、ぞぞぞっとした恐怖が背に走った。
そして――奇怪は再び疾走を開始する。
「ぎにゃー! 気持ち悪い!」
間抜けな悲鳴をあげながら、半泣きでリコは駆け出した。
猫のような身軽さ。
それだけが、危機的状況である彼女を生かし続けていた。
『ここは民間人立ち入り禁止です。速やかに退散下さい。ここは民間人立ち入り禁止です。速やかに――』
奇怪な機械は同じ言葉を何度も繰り返す。
けれど、リコにはその言葉が理解出来ない。
旧文明の言葉など、彼女が知るはずもなかった。
そう、この『工事用多脚メカ』は旧文明の遺物。
現代ではどうあがいても作れない技術の集合体。
だから、これを討伐すれば一攫千金となる。
一生遊んで暮らすことだって決して夢じゃなくて――。
「いや無理無理かたつむり! あれならまだお姉ちゃんと戦った方がマシだ! いやお姉ちゃんよりまだマシか?」
大分混乱しているのだろうか。
何故か自分の姉と奇怪を比べだしていた。
通路脇の扉が見え、リコは急旋回から扉に入る。
そして近場にある机や椅子などで扉を塞いでから、奥の机を倒し、その影に身を隠した。
必ず追って来る。
殺戮機械が目に見えた人類を諦めるわけがない。
リコは他に逃げ場がないか探しながら、襲い来るのを待ち受ける。
けれど……。
十秒、二十秒、三十秒……一分。
五分程経過しても、扉が破られる気配はなかった。
「……あり?」
流石にあんな巨体を相手にしたことはないが、小さな無可動タレットや、ハンドガンを内蔵した小型ドローンといった機械とは交戦経験がある。
そしてその経験の中で、『隣の部屋に逃げた程度で諦める機械』なんてものは一機たりとも存在しなかった。
「どうして? いや、襲ってこないなら都合は良いけどさ……」
とは言え……諦めたなんて楽観視は絶対にしない。
どうせ罠を張っている。
リコは別の出口を探そうとうろうろと部屋を回りだした。
バリケードに使ったというのに、まだたくさんの長机と椅子の残骸が散らばっている。
どうやらここはオフィスルームような場所だったらしい。
探索者によって完全に荒らされきっているが。
椅子や机の金属パーツははぎとられ、壁という壁もぐちゃぐちゃ。
唯一残った金属製の物は錆び切った鉄製キャビネットケースくらいなもので、それさえガラスの破片一つさえない。
後は、読むことさえ出来ないほど風化した本くらいなものだった。
ここを漁っても、何の実入りもない。
けれど、それが今はありがたかった。
「この荒らされ具合なら、遺跡入口はそう遠くない。別の出口を見つけられたら……」
がさごそと、壁に手を触れ周囲を探っていく。
出口がなくても、脆い場所があればハンドガンで破壊出来る。
とはいえ、その場合だと本当に後がなくなるが。
リコは弾丸を通貨代わりにしているため、残弾数がそのまま懐事情となる。
一文無しの旅人がどうなるかなんてのは、考えるまでもないだろう。
早く帰らないと。
焦りが、リコを静かに飲み込もうとする。
リコはブンブンと首を振り、小さく深呼吸した。
「急いては事を仕損じる。あれ? 急いては事をし損ずるだっけ? ……どっちでも良いか」
重要なのは、どうすれば生き残れるか。
焦らず、慌てず、けれど警戒を絶やさずに。
慎重にキャビネットの一つを動すと、その裏に隠し通路を発見した。
「おっ」
一瞬色めき立ったが、すぐリコの表情が強張った。
ここは地下二階。
地上に戻るためには、上を目指さないといけない。
それなのに、隠し通路は下に向かう階段だった。
それに、どこかおかしい。
隠し通路の先には目に見えるほどの埃が溜まっており、また大量の瓦礫が放置されたままとなっていた。
部屋は全体がくまなく荒らされ、めぼしい物はすべて持ち去られている。
それなのに、この先に進んだ痕跡がない?
いくら探索者がチンピラ崩れのゴロツキとはいえ、こんなわかりやすい隠し通路を見逃すはずはないはずだ。
荒らされていない理由はわからない。
けれど、地下に向かい異常この先が出口に通じている可能性は限りなく低かった。
それでも、他に道はない。
それに何より――。
汚れなき雪原に最初の足跡を刻む浪漫に逆らえない。
それが探索者という生き物なのだと、リコは今この瞬間身をもって思い知らされていた。
余力のない状態で、帰ることさえ出来ないのに遺跡の深くに潜っていく。
それに強い不安を覚えているのは紛れもない事実だ。
それでも、期待がないと言えば嘘になる。
前人未到の新区画。
放置された宝の山。
これを夢見たから、数ある仕事の中でリコは探索者を選んだ。
運が良ければ一攫千金の人生バラ色。
そうでなくとも銃を新調出来る程度の当たりを引けば、旅人として最高のスタートダッシュが刻める。
強い不安と淡い期待の二つを胸に、階段を下る。
けれどその先に待っていたのは暗黒だった。
コンクリートの床が広がり続ける、限りなく闇に等しい暗所。
暗闇の中でも足を止めずにいられているのは、リコの目が少しばかり闇に強いから。
特技と言うほどではないが、リコは人よりほんのちょっとだけ目が良い。
リコの明確な長所となるのは、それと身軽さくらいなものだった。
「あと、はったりもかな?」
身体は小さく、力は弱く、持久力も乏しい。
どちらかと言えば彼女は恵まれてない側に含まれる。
特に、この過酷な世界において小柄でひ弱というのは長所を塗りつぶす程の短所である。
それでも彼女は今の自分を、どこかほんのり猫っぽい外見と特徴を、なかなかに気に入っていた。
「それに、今は私だから生きてるって感じもあるし」
足が遅ければ、奇怪にすり潰されていた。
暗視が全く効かなければ、暗闇の先を進めていなかった。
自分だから生きている。
自分だから進めている。
その実感がリコを冒険しているという気持ちにさせ、彼女の心を高揚させる。
逃げること、帰ること、生きること。
それだけを考えネガティブに狭まった視野が、ほんの少しだけ広がっていた。
「おや?」
それは、闇の中だから良く見えた。
遠くに、小さな赤い光が映った。
室内に電気は通っていない。
なら、防衛設備ではないだろう。
だが、さきの奇怪みたいなのがいないとも限らない。
リコは慎重に足を進める。
ゆっくりと、数秒かけながら一歩進み、ある程度近づくとその正体が露わになった。
それは、赤いプラスチックの反射光。
そのパーツを組み込んだ、金属の塊が目のまえに広がって……リコの目は、輝いた。
「く、車!?」
慌てた様子で、リコは駆け出す。
けれど全貌を見て……露骨の落胆の表情と変わり、溜息が零れた。
そこには確かに、白い車だった。
間違いなく、お宝と言って良い代物だろう。
それが、無事使えるものであったのなら。
その車両は、上から降り注いだ瓦礫によって完全に破壊されていた。
「しかも武装なしの乗用車タイプ……。直す価値もないだろうし、こりゃただのジャンクだな」
期待させられてからの落胆に耐え切れず、リコの口から溜息が零れた。
一応の確認でボンネットを開けては見るも、想像以上に錆びて使えそうなパーツはどこにも見えない。
あとは金に換えられそうなのは……。
「あー……サイドミラーなら金に……割れてるじゃん……」
再び溜息を吐いて、車から離れようとしたその瞬間……。
「あれ? また何か、光った?」
足を止め、車内をじっと見つめる。
よく見ると、助手席の一部に妙な光沢が生まれていた。
いや、それは同化しているだけ。
車の中に、『座席と同じ色をした何か』が落ちていた。
錆びて動かないドアを全身の力で無理やり開き、光沢のあるそれを手に取る。
「お、おお……おおー!」
目を輝かせ、リコは小型端末を天に掲げた。
「これはそこそこの当たりじゃないかにゃー。にゅふふー」
さっきまでの落ち込みなど忘れ、タブレットを抱きかかえる。
その瞬間……ぱっと画面から明りが生じ、思わずリコはタブレットを落としそうになった。
「ふ、ふぇっ!? な、なんで? なんで電源が入るの!?」
目を丸くしながら、リコは画面をじっと見つめる。
『Loading……』
読めない旧文字が浮かびあがり、そして再び、画面は消えた。
再び戻って来た暗闇の中、静寂に包まれながらリコはタブレットを見つめた。
「……いったい、どうなってるの? 最後の力を振り絞った?」
首を傾げながら、不審なまなざしをタブレットに向けつんつんとつつく。
まあ売れるなら何でもいいか。
そう思いバッグに入れようとして……。
『座標情報・現在時刻共に取得不能。マルチネットワーク感知なし。第三級異常事態とし独自判断での行動を開始します』
「き、きやぁあああ! しゃべったぁあああああ!」
『おはようございます。よろしければ貴女のことを教えて下さい。それと、今が西暦何年の何月何日なのか教えて頂くことは可能でしょうか?』
「え? なんで動くの? これ作られたの数百年前のはずでしょ!?」
『言語取得不能。インプットされた五十の言語に該当なし。類語言語も特定不能。意思疎通が出来ない状態と判断します』
「……何を言ってるんだろう? もしかして、ここに機械を招いている。……なんてことあるわけないよね。あはは――」
ドンっ! と、大きく建物が揺れ天井からコンクリートの欠片がぱらぱらと落ちて来た。
リコは、恐る恐る天井を見つめた。
暗闇の先から、ダン、ダンと、何度か音が響く。
その後、大きく揺れたかと思うと、轟音と共に天井は崩落し、巨大な穴が開き光が降り注ぐ。
そして、その中から大きな金属の塊が飛び降りてきた。
悲しいことに、リコにはそれに見覚えがあった。
というか、さっきぶりだった。
ギギッギギッと、着地の衝撃を確認しながら、四つ足をわちゃわちゃと動かして反転し、こちらに目を向ける。
実際に目やそれに該当する部位があるわけではない。
けれど、それは確かに視線だった。
殺意にも似た、強い――。
「あ、あはは……お久しぶり……ですね?」
がちゃんがちゃんと、四つ足が動く。
アームを腕に振り上げて、そして――襲い掛かって来た。
「で、ですよねー!」
リコは再び全力疾走をする。
『音声データより機械反乱による人類の危機と推定。人類保護プログラムに基づき行動を開始――マザーによる干渉を確認出来ず。機械反乱を否決し、原因特定に移行。追跡者に対し所属と目的の開示を要求』
『識別情報の開示は許可されていません。当機構の任務は、本機密区域に侵入した対象の避難勧告および処分です』
『目的の確認。そして人類保護プログラムの観点から救助を要請します』
「いやぁあああああああああ! なんか手元のタブレットとでっかい機械が会話してるぅううう! これ絶対私の殺し方とかだよ!? 絶対そうだよ!」
半泣きになりながら、タブレットを握りながらリコは走った。
どっちに逃げれば良い?
この暗闇でどこまで走り続けられる?
けれど、そう悩んだ時点で、その行動は明確な失敗となる。
だってそうだろう。
先の展開を考えるなんて贅沢は、今この一瞬が安全な者だけに許された特権なのだから。
初動を躱すこと。
それに、すべてを注ぐべきだった。
けれどそれに気づいた時には手遅れで――リコが見たのは、奇怪のアームが振り下ろされるその瞬間だった。
自分がミンチになる、刹那の間際。
だからもう、飛びのく猶予もなくて――。
『保護対象の危機的状況と判断。ユーザー権限を――』
リコは身をすぼめ、ぎゅっと固く目を閉じる。
けれどアームが降り注ぐことはなく、その代わりかしゃんと、乾いた音を耳にした。
ガラスが砕けたような、そんな音。
静かに、瞳を開く。
振り落とされたアームは、リコの身体に触れる前にぴたりと止まっていた。
それは、不思議な光景だった。
見知らぬ少女が、目の前に立っている。
まるでリコをアームから庇うよう、右手を前に突き出して。
不思議だった。
そこに少女が居ることも、そうだが、それ以上に、少女の存在が。
そこにいるはずなのに、妙に実感がない。
まるで陽炎のように。
外見は、普通の……いや、とても可愛い細身の女の子。
白い髪は長く、ふわりと広がって。顔立ちもたおやかで気品があって、端正で……。
つまり、大人に見えるはず。
なのに、印象は少女のまま。
いや、少女というよりも、人形。
それはアンティークの美しさ。
そう――目のまえの少女が、ひどく無機質な存在に思える。
人型なのに、人間とは思えない。
人に近いからこそ、逆に異質に映る。
それでも、彼女は美しかった。
リコが、目を離せない程度には。
彼女の口が動く。
声はまったく聞こえないが、目の前の奇怪と話しているようだった。
しばらくすると、奇怪は腕を戻す。
そして、リコがまだ生きているというのに、きびすを返しどこかへ消えていった。
彼女は振り向いた。
仮面を被ったような冷たい表情。
なのに、嫌な気持ちはしない。
心臓が、とくんと震える。
恐怖でも、不安でもないのに。
彼女がにこりと微笑むと、もう一度、心臓が高鳴った。
『ザザッ――めい……電……不……スリ……最終……命令――』
彼女の口から聞こえていた声が、途中からタブレットから聞こえるようになる。
ノイズ混じりで、何を言っているかわからない。
バチバチと、画面が明滅し今にも消えそう。
そしてブツッという音と共に、タブレットの電源が完全に落ち、少女の姿も消えた。
リコはタブレットを抱えたまま、へたりと腰を抜かす。
状況がまるでわからない。
だけど……。
「もしかして……君が、助けてくれた?」
タブレットからは、何の返事もなかった。
ありがとうございました。
楽しんでいただけましたなら、どうかブクマ評価の程をなにとぞお願いします。




