↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水銀の錬金術師と、姉を殺しにきた妹  作者: 光
第一章 月なき夜に煌々と

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/53

第8話 生きていた妹

 腰を低くして、飛びかかる算段をつけた。押し倒しちまえばこっちのもんだ。


 睨み合う。間合いを測る。出方ひとつで冗談じゃ済ませない。


 滴る汗が顎から落ちる頃、ミラの口から吐息が漏れた。


「残念だけどあの子達の家を血で汚すわけにはいかないの」


「残念なのかよてめえ」


「掃除をするのも面倒だし、いいわ、ある程度のことは話してあげる」


 視線を外して、ミラはつぶやいた。


「……どうせ、もう隠すことでもないのよ」


「離れていなさい」と言ってミラはベンバドルを遠ざけた。


 ミラは左手を顔の前に掲げた。すると、どろり、と手が溶けた。銀色の輝きを放つ、てらてらした、液体のような固体のような、形が一定しない物質に変化した。


「人体と金属鉱物の融合、全なる一を探求する過程で見出された神秘。力を操るもの、探求するもの、錬金術(アルケミア)によって世の理に至らんとする我々は我々を錬金術師(アルケミスト)と呼ぶ。あの呪いは無関係なものでなく、我々の体系に属するものなのよ」


「アルケミスト……?」


 聞き覚えがある。そうだ、たしかあのガキ。


 ――アルケミストには関わらないほうがいい。


 いつか聞いた言葉が、鮮明に蘇る。


 偶然、そんなはずがない。きっとあの孤児は、あのガキはなにかを知っていた。ミラと、さらにはアルケミアとかいう力について、なにかを。


 ミラの左手は、いつの間にか元の肌の色に戻っていた。


「アルケミアは門外不出の秘術。行使するもの、つまり術師は、この国にはいないはずだった。けれどあの呪いは、アルケミアの系譜にある文字の錬金術(ケブラ)という術によるものに間違いない。私の左腕も呪いも根源は同じ。なぜ詳しいのか、つまりそういうことよ」


 ミラは独り言を呟くみたいに口を動かす。


「なぜあの悪夢がアルケミアを使うのか、解明は課題ではある、けれど、本質を見誤ってはいけない。今、成すべきは呪いの解除。考察や検証は後でいい。私達は、ただやるべきことをやるべきなのよ」


「アルケミストには関わるな――だ」


「そうね、本来それが賢明よ。こんなものに関わって、幸福になる人間はいないわ」


「最近――俺は、見知らぬガキに、そうやって忠告された」


「……どういうこと?」


 ベンバドルは言った。


「いやな、今にして思えば、あいつはなにか変だった。普通は眠るかビビっていなくなっちまう黒霧の中で、平然としてやがった。灰色の髪、そう、ちょうどお前とおんなじ感じだ、短髪ではあったが、髪だけじゃない、雰囲気や顔立ちがそっくりだった。歳はいくらか下だろうが、なにか関係が――」


「その子の目は」


「目? 目っていうと」


「その子はどんな目をしていたの!?」


 捲し立ててくる。必死、という言葉が思い浮かぶ。やっぱり無関係じゃないのか。それにしても目とは、ああそういえば、あのガキは普通じゃなかった。


「右が黒で、左が白……違うな、あれは銀色」ミラを見る。「お前と同じだ。夜だったが……いや、やたら特徴的だったから間違いねえ」


 それを聞いた瞬間に、ミラの様子がおかしくなった。


 目を見張って、ミラはふらついた足取りで後ずさった。


「そんなはずが……そうよ……あなた、きっと夢を見たのよ。これを見なさい」


 ミラは引きちぎるように服をずらして、胸元の烙印を露出させた。


「私とあなたは、一心同体。精神的にも同調している。だから、時に混濁することがある。記憶は、夢として現れ、あたかも自身の体験であるかのように見紛う。あなたは、どんな状況で、どんな場所で、その子と出会ったのかしら、ちゃんと説明できる?」


 夢、そうか今朝のあれは記憶。ミラクリスと呼ばれた少女は、やはりこいつだったのか。


「言っただろ、あれはあの夜の出来事だ。夢じゃない、お前と出会う前に、あのガキ――イーディスと出くわしたんだ」


「イーディス……そんな記憶、どうして信じられるのかしら。前後などいくらでも入れ替わってしまうのに。曖昧で不確かで、一秒前だって信憑性がない、それが記憶なのに」


「証拠ならある。ボタンだ。あいつを抱きかかえてな、その拍子にこれだよ」


 ベストを摘んで見せつける。夢じゃない。ボタンは今でも外れていた。


「その記憶だって……真実とは限らない。ただの主観でしかない」


「なにがあったかなんて知りやしねえがな、見なかったことにするのは軽率だぜ。ヤツはアルケミストに関わるなと言った、そして俺は、お前と出会っちまった」


 今度はベンバドルが胸元を見せつけた。


「それでこのざまだ。無関係だなんて――」


「無関係に決まってる。イーディスは死んだのよ、こんなところにいるはずがない」


「生きた人間だよ、あれは」


「違う、勝手なことを口にしないで……なんで……」


 まるで葬式の参列者のようだった。涙は枯れ、ただ悲壮感だけが漂っている。床をじっと見つめるさまは、それこそ墓石に心を奪われているようで、見ちゃいられない。


「死んでいてほしかった、か、別に、お前らの事情なんて知りたくもない、けど、必要な情報だけは共有してもらうぜ。そっちが言い出したことだ。あいつは何者だ?」


「妹よ、妹、姉妹だったの。少なくとも私は、そう信じていた。とっても大切な家族だった。三年前に離れ離れになった。戦火の中で、私は、手を離してしまった。守りきれなかった。死んでいてほしかった? 馬鹿なこと言わないで、馬鹿なこと、なにも知らないくせに、なにも」


 急に強い口調になったが、すぐに沈んだ。またふらふらと身体が揺れ始め、視線が定まらない。


 ミラは目を伏せ、肩を落として黙り込んだ。


「……感動の再会ってシナリオじゃなさそうだ。むしろ」


 刻印に目をやる。ミラは睨むようにこちらを見る。


「私の分析は正確よ、その呪いは悪夢由来のもので間違いない。もし本当に生きていたのだとしたら、あの子の関与は……可能性は否定できない、けれど、今は忘れなさい、私達がやることは変わらない」


 ミラは言葉少ないながらも、イーディスのことを話した。


 年少ながらもアルケミアを習得している。しかしそれは自分の左腕とは明確に異なる力で、荒事には向かない術だという。もし敵対するようなら脅威ではあるが、現状では彼女の居場所を特定する術はない。だからこれ以上、そのことを考えるのは無駄、だと。


 自分が考えたくないだけじゃねえか、と思っても、ベンバドルは胸のうちに留めておいた。


「あの子のことは私に任せて。支度がある。大人しくしていなさい。夜になったら声をかけるわ」


 最後にそう言って、半ば無理矢理ベンバドルを部屋から追い出した。


 今すぐに行動を開始するべきだと抗議してみたが、ミラは聞く耳を持たなかった。串刺しにされるのも嫌なので、やれやれだ、と肩をすくめてベンバドルは部屋を出た。


 廊下に出て扉を閉めようとすると、隙間から声が漏れてきた。


「イーディス……生きていてくれたの……?」


 部屋は密室になり、そこで声は途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。