第6話 拾われた子供たち
ジリジリとした熱気が放たれているかのようだった。全身に汗が滲む。イグネアを中心に空間が歪んでいるような錯覚がする。
――本当に暑いような、気のせい、なのか?
「ああ、悪かったよ、そのだな、俺はミラのやつに連れてこられたんだ。別に幸せな家庭をめちゃくちゃにしてやろうなんて腹づもりはない。そう、朝飯に招待されたんだ」
「なるほど、ミラらしいユニークな提案です。ですが朝食の前に、あなたの素性を明かしてくれませんか? 出身は、家族は、職業は、信仰の対象は、既婚者ですかそれとも独身? ミラとはどのような関係ですか? あの子になにをしようと、いいえ、なにをしたんですか――」
段々と熱を帯びるように、イグネアは早口になっていく。ぐいぐいと顔を寄せてきて、ベンバドルは後ずさった。暑い、いや、熱い、あの業火の中にいるようだ。人の感情は苛烈も極まると本当に熱を持つのか、そんなはずがあるか、これは実際になにか物理的な現象が起きている、そうとしか思えねえ。
息が詰まる。頭がくらくらしてくる。呼吸のたびに肺が焼けそうだ。なにかまくし立てて来るイグネアの言葉を、正しく認識できない。これは、まずい。
「ネア、そのあたりにしておきなさい。約束を違えるあなたではないでしょう」
ミラが語気を強めにしてそう言った。イグネアは「あっ」と慌てたように口を抑えて、それから肩を落とした。
「……申し訳ありません……いえ、ごめんなさい。ミラのためだと思うと、つい、ごめんなさい」
イグネアはミラとベンバドル、その両方に頭を下げた。涼やかな風が吹いたような気がした。急激に熱は失われ、朦朧としていた意識は徐々に回復していく。
温度が下がってもなかなか汗は引いていかなかった。ミラといい、こいつらどこかおかしい。
無意識に手をやった腰に、ホルスターは装着されていなかった。しまった、装備のありかを確かめていなかった。
その様子を見て、ミラは言った。
「武器は預かっているわ。ここでは必要のないものだから。それより早くしなさい、せっかくの料理が冷めてしまう」
ベンバドルは躊躇する。イグネアは一足先に行ってしまった。
空席の隣に座っていたナタリーが立ち上がって、近くに寄ってきた。
「大丈夫よ! なんにも怖くないわ! みんないい子だから安心して!」
強引に手を引っ張られる。ベンバドルは釣られて歩き、気づけば席に座っていた。
ベンバドルが席についたのを確認すると、皆は食事を始めた。テーブルにはパンとスープが配膳されていた。
食卓は耳鳴りがするほど騒がしかった。ミラのやつは子供を注意したり、口を拭いてやったりずいぶん忙しそうにしていた。あのイグネアだけは、黙ってこちらを睨んでいたが。
気にせずパンをかじって、スープを啜った。味は、まあ、悪くはなかった。
食事の最中に、ナタリーが話しかけてきた。
「わたしもミラに拾われたのよ!」
「人を猫と一緒に……ん、お前が? あいつに? てことはなんだ、ガキどもはあいつの子供じゃねえのか?」
「まさか! ベンはミラがわたしたちを産んだと思ってたの?」
腹を大きくしたミラを想像した。あの若さでも六つ子ならあるいは……いや、こいつら同じ顔してねえ。
「……冗談だよ、冗談。真に受けんな」
「大人ってプライドが高いのね! まあいいわ見逃してあげる!」
「……」
ベンバドルは無言でスープを飲み干した。
ナタリーはヘレンの子猫捕縛に協力しているミラの方を見た。ベンバドルも釣られて、その姿を追う。捕まえようとして、失敗して、頭に上られている。慎重に、そっと、両手で挟み込もうとして、しかし猫はその場でジャンプし、パチン、と手を叩く音が響いた。また逃げ出した尻尾をヘレンが追いかけて、ミラもその後を追った。なにやってんだあいつ。
「でも、みんな仲良しよ! ベンもすぐに溶け込めるわ!」
「……そうか」
あいつ、危ないやつだが、悪いやつではないのかもしれん。
食後、無事に猫を捕まえたミラは、ベンバドルを二階の私室へと招き入れた。
窓はなく、部屋には薬品の匂いが漂っていた。壁に沿って巨大な本棚が設置され、そこから溢れた本が床に塔を建設している。奥側の壁に沿って設置された木製の棚には、ガラス製の容器が乱雑に置かれ、それらの一部には赤や緑の見たこともない液体が充満している。他にも色とりどりの鉱物、いくらかの植物、小動物の頭蓋、青銅の容器、それから、棚下の木箱に銀のインゴットが放り込まれていた。
そんな中でも、とりわけ目を引くのは棚に置かれた天秤だ。人の手を模した柱から吊り下げられた皿には、片方に小石ほどの白い石が乗り、もう片方にはなにも乗っていない。だというのに均衡は保たれ、一切の乱れもなく秤は完璧に釣り合っている。これはわざわざ固定してあるのだろうか。
「ずいぶんと変わった趣味をしてるな」




