第5話 地獄の朝食にようこそ
「ミラお姉さま! お客人が目を覚ましましたわ!」
子どもの金切り声が寝起きの頭に響く。
木目の天井。粗末なベッド。薄汚れた窓硝子。金髪の巻き髪が、顔を覗き込んでいる。なんだこいつは、なぜ騒いでやがる。頭が痛い。それとここはどこだ。差し込む日が眩しい。子供たちの……子供?
「ロリーナ、そんなに騒がないで」
男だ。大人びたガキ。
「はわわわ……ほんとに起きちゃった……どうしようアラン、ナタリー……」
こっちも男。またガキ。混乱して頭を振っている。
「大丈夫よヤン! 悪さをしたらミラが懲らしめてくれるわ! ね、ヘレン!」
今度は女。当然ガキ。なぜか胸を張っている。
「ママの……お客さん……お前と一緒?」
その隣も女。一番小さいガキ、胸に抱いた白毛の子猫を見て、首をひねっている。
子供が五人。うるさいガキが五人。解剖でもするみたいに、ベンバドルを取り囲んでいる。この状況はなんだ。ロリーナ、アラン、ナタリー、ヤン、ヘレン、それとママ? 聞いたこともねえ名前ばかり。ママとは個人名か? 役職か? せめて大人であることを願う。
足音が近づいてくる。軽快に、一定のリズムで、一糸乱れない。やがて止まって、ちょうど日差しを遮るようにベンバドルを見下ろした。唯一、その顔、その灰髪には覚えがあった。なんの冗談か、母親のように男児を抱きかかえている。
ママか、こいつが。大人がいねえじゃねえか。
「よう……どうやらここは地獄みてえだな」
「ご機嫌なお目覚めね、安心したわ」
ミラ! と子供の一人が叫んだ。
「自己紹介がまだだったな……ベンバドル・ブラッドフォードだ……もしよかったら状況を説明してくれ」
「起き抜けに自己紹介なんて、あなた変わってるわ」
「自分でも思うよ……ただ無性に名乗りたい気分だったんだ……」
頭にぼんやりと名前が浮かぶ。この少女は、なんといったっけ。子供にはミラと呼ばれている、でも確か……。
「お前はミラ……ミラクリス――」
ベンバドルの言葉は遮られる。
「私はミラ。それだけ。余計な修飾なんて必要ないわ」
「そうか、ミラか……綺麗な名前だ、気に入ったぜ」
ミラはなにも言わずに明後日の方向を向いた。
近くにいたロリーナが、ミラの袖を引っ張った。瞳を小刻みに揺らして、顔を真っ赤にしていた。
「お、おふたりは、どこまで進展していらっしゃいますですの」
ミラは強張っていた表情を緩めた。
「猫と一緒よ。死にかけていたから拾ってきた、ただそれだけ。特別なことなんてないのよ」
そういえば俺は死んだはずだ、とベンバドルは思った。胸を触ってみたが、穴は空いていなかった。
「なあ、俺はどうしてここにいるんだ。あそこで、なにがあった」
一同の視線が、一斉にベンバドルを向いた。
ミラは言った。
「その話は、後にしましょう。こんな素敵な朝に、仕事の話なんて面白くないでしょう?」
ミラはまるで即興で作ったような堅苦しい笑顔を見せた。笑顔なのだけれど、目が笑っていない、というやつだ。
「別に、俺はいつでもどこでも構わねえ」
「さあみんな、行きましょう。ネアが待ってるわ」
ミラは子供たちをまとめて、そそくさとその場を後にしようとした。
「おい、ちょっと待て」
ベンバドルは身を乗り出し、シーツを除け床に降りようとした。ミラは顔だけで振り向いた。
「朝食の用意があるわ。あなたも来なさい。詳しい話はそれからよ」
わかったか、とミラは睨むようにベンバドルを見た。
いったいなんだって……そうか、子供がいるとなると、いろいろと配慮が必要なんだな。化物とのことを聞かれたくないらしい。
「仕方ねえなあ、ま、ちょうど腹も減ってたし、いいぜ、言いくるめられてやるさ」
主導権を握られるのは好きではないが、腹の虫が訴えかけてくるのも、嘘ではなかった。
寝かされていたのは二階の部屋だった。木造のあちこちががたついている家だ。部屋の数は多いが、とても住まいとして上等とはいえない。窓から外を見れば、同じようなあばら家がいくつも立ち並んでいて、裏手の丘には古い教会が見えていた。
ミラと子どもたちは貧民窟と呼ばれるスラムの住人のようだった。
一階に降りると、子どもたちはダイニングテーブルに向かい、各々が、おそらくは指定席に着座した。ベンバドルはというと、どうしてか、お仕着せを着用した使用人のような女に威圧されていた。ちょうど同じくらいに位置する視線が重なる。笑顔だが、本当に笑っているのかは定かではない。
「ようこそいらっしゃいました。わたしはイグネア、こう見えてミラの友人です」
「あ、ああ、よろしくたのむ」
「ところでお客様、あなたはどちら様ですか? 我が家にどのようなご用向きでしょう」
「いや、俺はあいつの……」
テーブル付近にいるミラに目を向ける。こちらの様子など一切気にすることなく、先程まで抱いていた子供を席につかせているところだった。
「あいつ、あいつとはどちらでしょう? 我が家には”あいつ”などという人間は在住しておりません。もし家族のうちの誰か一人を指し示している、いえ、言い間違えたのならば、早いうちに訂正していただいたほうが、身のためですよ?」




