↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水銀の錬金術師と、姉を殺しにきた妹  作者: 光
第三章 姉と妹と

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/53

第50話 私に力を貸せ

 ミラクリス・ディアナ・フラメリアはまた失態を犯した。


 目の前で、人が死のうとしている。血まみれの腹部、力なく投げ出された手足。目は濁っていて、光がない。


 自分と彼の間に、何枚もの仕切り板があるように思える。地面にへたり込む、血の沼を見下ろす。深奥に佇む赤の石、それよりももっとずっと、遠い。


「なぜ」


 ケラケラと、間抜けな笑い声が響く。


「なぜって、『私』が弱っちいからじゃない。物事を複雑に解釈して罪から逃れようとする、成長がない、反省もない、だからこんなことになるの」


 細いランスのような銀の右手を構えるそれを見る。傷一つない姿で、人を見下し、嘲笑している。それのつま先が瓦礫を踏むと、粉々に砕け散った。


「でも良かったじゃない。これで呪いは解かれる。また逃げたらいいわ、どこにでも、あなたひとりで」


 刃を構えようにも、力が抜けてしまって身体は言うことを聞かない。水銀の塊は地面に根を張っている。適解、次の行動、奴を討つ、一時撤退、ベンバドルを避難させる。


 やるべきことを、なすべきことを――頭は動いても、手足は動かない。


「この男は無関係のはずだった。どうして殺すの、なぜ私じゃないの」


「あなたのその顔が見たいから、他に理由なんて必要かしら」


 歯と顎に力が入る。そんな、そんな理由で、これまでと同じようにまた人が、どうして。この男は生きていなくてはならなかったのに、なぜ、また私は。


「なぜ……なぜ……人はいつも……」


 まぶたが落ちて、視界が黒く染まる。表情筋が崩れて、顔に痛みがある。目の奥から湧き上がってくるなにか。震えを起こす、胸の奥の鈍痛。喉から漏れる声にならない声。鼻をすする音、うめき声。


 地面に手をついた。まぶたの隙間から、雫が落ちていった。


「ごめんなさい……私では……私には誰も……」


「泣くんじゃ……ねえ」


 にじり寄ってきていた敵の足音が止まる。


「まだ生きてたのね。甘いわね、私」


「てめえは、黙ってろ」


 敵は肩をすくめた。ベンバドルは寝ていた頭を僅かに上げ、こちらに向けていた。


「あなたまだ息が、す、すぐに治療を、治療を」


 無理だ。助からない。穴を埋める。そんなことじゃ、命は救えない。


 涙が溢れてくる。自分の意志では、止められない。


 両手で顔を覆いそうになった。


「てめえは、なんで……泣いてんだ、俺のために泣くんじゃねえ……ぅゔ……ふざけんなふざけんなそんなこと俺はっ……」


 顔から手が離れていった。涙は目元に吸収されて、肌荒れのようになった。


「なにを言ってるの、あなたは。私は泣いて、そんなこと今は」


 歯ぎしりするように、ベンバドルの口が動いた。泥だらけの顔に生気が戻り、獣のように吠えた。


「お前は……てめえのために泣けっ……俺は……俺だっ……ッ」


 ベンバドルの顔から色が消えた。重い音がして、後頭部が地面に沈んだ。


 瞳はあらぬ方向を向いていて、口は半開きのまま。


 死。人が死んだ。また死んだ。


「あなたは……あなたは……最後まで」


 固く目を瞑る。顎が勝手に上ずっていく。そして、結んでいた口と一緒に、また目を開けた。


 暗い紺の空。全てを覆い尽くす白い炎の壁。汗ばむ手。鳴動する胸。力の蘇るふともも。立ち上がる、両足。銀色の左腕は輝きを増して、刃になった。


 敵は、目を丸くしてた。


「まさか『私』が泣くなんてね。けど、この期に及んでなんのつもり? 勇んじゃって、やっぱり死にたいのかしら」


「黙れ」


 わずかに、敵は身体を仰け反らせた。


「お前など私ではない。誰一人大切だと思えないようなやつが、私を名乗るな」


「な、なによ急に博愛主義者ぶっちゃって。人の命なんてなんとも思ってなかったくせに。そいつが死んで本当は嬉しいんでしょ、重荷が消えて喜んでるんでしょ。だから全部消してあげる、あいつらも、その罪も、全部、全部!」


「私はもう、誰ひとり失わない。そのための奇跡を起こす、今、この場で」


「なにをっ……!」


 左腕を、人の手に戻す。銀色の腕、水銀のアルケミスト。


 ベンバドルの右手にまだ握られている黄金の短剣に、手を伸ばす。


「水銀と金の結婚。それを成し得たとき、赤い石は我の手元に下らん」


「まさか、自爆するつもり? そんなことをしても身を滅ぼすだけ、その男は救われない」


「救いなど与えるつもりはない。私は奇跡を望む、ただ、それだけ」


「やめなさっ――」


 銀の指先が、黄金に触れる。


 閃光。白銀の光と黄金の光が混ざりあって、溶ける。


 左腕の感覚がなくなる。自分というものが曖昧になって、意識が、消させはしない。


「身勝手な振る舞いをやめろ、応えろ、私はここにいる。アルケミストミラは奇跡を望んでいる」


 柄に手を掛ける。暴風。混沌。関節を逆に曲げたような激痛が走る。二千年の不可能を、可能に。過去の結果など、無関係だ。


「私に力を貸せ」


 光が広がる。森羅万象を塗り替える。


 内側にほとばしるのは――生命の赤。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。