第48話 姉さまは、お前なんかより強い
「……結局イーディスは役立たずで……約束すらも守れない」
石には見捨てられ、力もない、策もない、次の瞬間には殺されてしまう。
屈服しようか。諦めてしまおうか。だってこれ以上は、もう。
――ミラ姉さまならどうするんだろう。
姉さまは、姉さまなら、きっと、最後まで屈服なんてしないんだろうな。いつもいつでも最善手を探して、どんな辛い現実からも目を背けようとしない。それが姉さまだ。
どうすればいいの、どうしたら少しでも近づけるの。どうしたら、褒めてもらえるの。どうしたら、どうしたら。アルケミストとして、人間として、あの人と肩を並べられるの。
どうしたら――強くなれるの?
「弱いわね、ほんとうに弱い、必死に逃げ惑って、惨めに泣きわめいて、この期に及んで覚悟を決めきれない。生にしがみついて、後悔に溺れて死んでいく。『私』と同じように」
「……ちがう。……違う! イーディスはそうでも、ミラ姉さまは違う! 泣こうとも、わめこうともしなかった! 全部ぜんぶ抱え込んで、なにひとつ忘れていなかった! 誰も過去にしようとなんてしていなかった、イーディスのことを受け入れようとしてくれた、そんな姉さまが、ミラ姉さまが、弱いはずがない……!」
「ならとっとと死ねば良かったのよ。傲慢が生んだ私は『私』を否定する」
「姉さまは……姉さまは、死は贖罪じゃないって知ってた! 罪を背負って生きることが必要なことで、そうしなければ誰も救えないと信じていて……だからあんなにも悲しそうで、あんなにも辛そうで……」
だけど逃げなかった。逃げないことを選んだ。最後まで戦うことを、罪を背負い続けることを選んだ。
「陳腐な理屈ね。あんなにも怨んでいたのに、みっともない心変わり。なんて安っぽい」
いつの間にか、震えは消えていた。笑ってやった。お前は稚拙で陳腐で幼稚だと突きつけてやるために、ミラ姉さまの正しさを証明するために。
「わたしは理想に生きる姉さまを肯定する」
銀の刃を左手で掴んだ。血が滲む。手の平が焼けそうになる。どくどくと波打つ感覚がして、筋肉が悲鳴を上げる。身体が物質そのものを拒んでいるのがわかる。
だからどうした。お前はまだ生きているじゃないか。
「わたしはお前を否定する」
まだ、死んでない。これが最後だとしても、屈してやるものか。
「きっと姉さまがお前を殺す。わたしがここで死んでも、必ず敵を討ってくれる。見捨てられてなんかいない、姉さまは、信じてくれた。姉さまは、わたしはひとりぼっちなんかじゃないと言ってくれた。姉さまは――お前なんかよりも強い!!」
「ふうん、なにを言うかと思えば……じゃあ、死ね」
目を見開く。逸らさない。最後の瞬間まで、敵を視界に捉え続ける。姉さま、ごめんなさい。もう、こんなことくらいしか出来ない。
逃げないでいよう、決意した、その瞬間だった。
「待ちなさい! まだわたしたちがいるわ!」
勢いよく扉が開いて、子供たちが飛び出してくる。
先頭に立つナタリーが、大きく手を広げてイーディスの盾になると、他の子供達もそれに続いた。
「ナタリー!? みんなも、来ちゃダメ、早く逃げて!」
「ダメよ! ひとりで死んじゃうなんてダメ! みんなで相談したの、わたしたちにできることをするって!」
「できることなんて――きゃっ」
アランとヤンが力付くでイーディスを後ろに引っ張った。二人はお手製らしき鉄の剣を構えている。
「僕らだって、未熟なれどアルケミストの端くれ、ただ守られているだけなんて!」
「こんなやつに……こんなやつにっ……!」
そんなの嘘だ。ミラ姉さまは、みんなには、ほとんど術を教えていなかった。悲劇的な運命から逃れさせようと、普通の人間としての教育を施していた。イーディスは知っている。アルケミアの呪縛は当代限りにしようとしていたことを。
「下がってよ、下がりなさい、だめ、ダメだってば……」
ぽろぽろと溢れてくる。なにか右手に熱のようなものを感じる。燃え盛るような、滾る熱を。
ロリーナが悪夢を睨みつける。
「お姉様の偽物と伺っていましたが、全然似てませんわね。なんて醜いお顔かしら」
ねえ、と言って、レイフとヘレンが頷いて、それから子猫が威嚇するように唸った。
悪夢は伸ばしていた腕を引っ込めて、無害だと言わんばかりの笑顔を浮かべた。
「あらあみんな、久しぶりね。どうしたの? 怖い顔しちゃって、愛するミラお姉さんに、失礼よ?」
舌を出したり、歯をむき出しにしたり、唾を吐き捨てたり、それぞれが、それぞれの手段で悪夢を否定した。
どうしてみんなこんなに強くいられるんだろう。弱いのに、すぐに死んじゃうのに。
ううん、理由なんてないのかも。立ち向かうのに、理由なんて必要ないのかも。一秒先に死ぬとしても、前を向いていたいって、きっとそんなふうに思っている。
右手が熱い。疼く。鼓動を感じる。なんだよお前、みんなに影響されちゃったの? それともようやく認めてくれた? まぁ、そんなのどっちでもいいか。
そういえば、お前も偽物だったね。




