第46話 あと一歩で届く
残っていた全ての黒い石を投げつける。激しい閃光を背に、イグネアを背負ってイーディスは地下を目指した。
まもなく地上部分は完全に崩落した。階段を駆け下り、廊下を走る。一人ではないために、とても早いとは言えないペースで。こんなことなら身体も鍛えておけば……大丈夫、いくら怪物でも、あれほどの大質量を受け止めて無傷ではいられないはず、時間は稼げている。慌てちゃダメ、落ち着いて、冷静に、いまやるべきをやる。それだけを意識しよう。
大丈夫だ、大丈夫だ、と何度も自分に言い聞かせて、それでも思ってしまう。
「この石が……イーディスにも扱えたら……」
重たい。こんな石投げ捨ててしまおうかと思う。
こんなケチくさい石なんて。困っている人を助けてくれない秘宝なんて。なにがアルケミストだ。なにが我々だ。余計なことばかりして、人を困らせることばかりして、あんな怪物まで生み出して、操ろうとして、操れなくて、なんて滑稽だ。白い石だかなんだか知らないが、誰か一人くらい幸せにしてみせろ。
……いや、あったかもしれない。そんなふうに使われたことが。誰かを喜ばせるためだけに、白い石が応えたことが。
髪飾りのことを想う。
「……プレゼント嬉しかったな」
なにが違うんだろう。あの人と、イーディスは。
イーディスは首を振って、子供たちの待つ部屋を目指した。
土にまみれ仰向けに倒れるミラを、悪夢は目が潰れるほどの笑顔で見下ろしていた。
「やっほーまだ生きてる? あ、生きてる生きてる、そうだよね、うんうん。私がここにいるってことはそういうことだもの。気分はどう? 大切なもの、また、失くしちゃったわね」
「そういうあなたは……ずいぶんと気分よさそうじゃない……ぐっ……」
悪夢はミラの頭を踏みにじる。途端に笑顔が反転する。
「その態度、つまらない。もっと嬉しそうにしなさいよ、ようやく願いが叶うんだから!」
叫びながら、今度は腹を蹴飛ばす。
「がはっ……悪いけど……その願いはもう捨てたの……」
「あんなのに影響されちゃって情けないったらありゃしない。アイシアに申し訳ないと思わないの?」
ミラは首だけを動かし、自らの左腕を見つめる。色白の肌には傷一つ付いていなかった。まるでそこだけが彼女の身体ではないようで、傷だらけの全身とは対照的だった。
「私は……ずっと間違えていた……本当に伝えるべきだったのは……ただ生きていてほしいってそれだけで……謝罪なんて……贖罪なんて……求めてはいなかった……」
ミラは続ける。
「みんな……それをわかっている……だから……与えてあげられるものは……私が欲しいものは……死なんかじゃない……あっ……あぁぁぁ!」
銀色に輝く鋭利な指先がミラの右肩、開いた傷口を抉る。執拗に責め立て、叫び声が聞こえるたびに、醜悪に頬を吊り上げる。
「痛いでしょう? でもね、あなたが殺した人達はもっと痛かったのよ? ベンバドルなんて死体すらも残らないで、どこで肉塊になっていることやら、かわいそうにねえ。助けられたはずなのに、みんな生きていられたはずなのに。開き直っちゃダメよ、しっかり償わないと、そのために、」
「あぁぁああああ……!!」
「私は頑張っているのだから!」
一気に指が引き抜かれる。肩は血の銀に染まり、骨までもが顕になっている。それでもなお、痛みに喘ぎながらも、苦痛を与えられながらも、ミラは悪夢をまっすぐに見つめていた。
「がっかりだわ。『私』がここまで狂っていたなんて……約束通り四肢をもいで宙吊りにしてあげる。『私』ならきっとしばらくは生きられる。その間に存分に反省することね。それが終わったら、一緒に消えましょう」
悪夢はしゃがみ込み、ミラの背中を支えた。それから、力を入れずに抱きしめた。
身体を離すと、左腕を鉈のように変形させた。
「はぁ……はぁ……最後にひとつだけ……いいかしら……」
「もちろん、『私』の最後は私の最後でもあるもの。言いたいこと言って、気持ちよく終わりましょう」
ミラは力なく微笑む。そして、吠えた。
「お前は……私などではない……!」
それが合図だった。
「あぁん? 今更なにを――まさかっ!」
空が落ちたあの瞬間、ミラは、咄嗟にベンバドルを守った。自らを気にする余力は残っていなかったのだろう。頭上に出現した銀色の盾はベンバドルのみを防御、敵の攻撃によって作られた土砂の中へと彼を投げ入れた。このタイミングを待っていた。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
土砂を跳ね除け、飛び起きる。一気に迫る、敵は近い、手を伸ばせば、
「なんて往生際の悪い……は、か、あ、からだ、が……く……そっ……」
敵の身体にミラの銀糸がまとわり付く。逃すまいと拘束している。ガクガクと糸はほどかれそうになっている。長くはもたないかもしれない。だが、十分だ。
「くらいやがれ!」
届く、あと一歩で、届く、これで決着が、全てが終わる。




