第43話 夜は始まったばかり
瞬間、ベンバドルは起爆させた。
ミラの手を思いっきり引き、離さぬように抱えて、
「落ちるぞ!」
飛んだ。手すりを越え、高度六五メートルから地上へと降下する。
間を置かず。
導火線の炎が一気に燃え広がり、炸裂。轟音とともに爆風が広がる。橋を構成する鉄筋が粉々に吹き飛ぶ。衝撃に耐えきれず、主塔は倒壊、跳開橋諸共崩れ落ちる。
水面が迫る。背後では大規模な倒壊が起こっている。
この距離から落ちて無事ではいられない。地面に叩きつけられるのと同じようなもので、二人揃ってお陀仏だ。
普通ならば。
「私は泳げない!」
「わりぃ、頼んだ……」
左腕を水面に向かって突き出すミラ。変形、殻のように二人を包み込む。
――着水。
水柱が噴き上がる。
激しい衝撃でもみくちゃになる。
だが、意識はある。
ベンバドルは手を引いて、水面を目指した。
イーディスは現状をぼやいた。
「戦線は絶賛後退中……っと、なによ、力押しなんて最低なんだから」
敵は正面に戦力を集中させている。側方後方は配置されたゴーレムで持ちこたえているが、こちら側は着実に押し込まれつつあった。迎撃装置がガトリングなる連装式の銃で面制圧を試みているが、無尽蔵に湧き上がる敵に対処しきれていない。ゴーレムは一体で二十の敵を破砕するが、すると新たに二十の敵が現れる。
あの黒い影のような人形はただの土塊で、水銀の一欠片によって制御されている。そのために強い力を持たないが、いくら倒そうともすぐに土を錬成して再構成される。総数はざっと百五十程度。だが、その総数が減らないために、消耗するこちらはジリ貧となる。軍勢の中心である水銀の悪夢の分身体は、この状況を楽しむかのように、手出しせずに後方に控えている。
憎たらしい。いつでも殺せるっていう余裕っぷり。
ゴーレムの一体が崩れる。核となる黒い石が砕かれたのだ。ドドドっという騒々しい銃声が止んだ、二階の迎撃装置も弾切れだ。軍勢が押し寄せてくる。坂を登りきろうとしている。二体目のゴーレムが倒れる。転がり落ちた黒い石を、悪夢の分身が拾い上げて、鷲掴みにすると粉々に砕け散った。
「姉さま、このままじゃ押しつぶされる。一旦下がって、防備を固めよう」
白い石を振るい、吹き荒れる炎で敵を抑えていたイグネアは、イーディスの指示に従った。赤の閃光がまたたき、火柱が上がる。目の前の敵が吹き飛んだのを見届けてから、入口まで後退する。
顔色が悪い。肩で息をしている。ふらりふらり、おぼつかない足取り、今にも倒れてしまいそうだ。イーディスはイグネアの揺れる瞳を、まっすぐに見つめた。
「まだ、やれるよね」
「もちろん……まだ夜は始まったばかりです」
頷いて、手を引いて建物内へと下がった。扉前に、正面に残るゴーレムを集結させ、防備を固める。二階に走り、外の様子を確かめる。ケブラの呪文を叫び、外にある最後の仕掛けを発動させた。教会を取り囲む土地が隆起し、高さ三メートルほどの岩壁となる。反対に手前側は堀となり、教会への道は断たれた。
あいつが本気を出せばこんなものはあってないようなものではないか。思ったが、口には出さなかった。
銃器に予備弾薬を装填し、一旦ゴーレムの稼働を停止させてから、イーディスは階段を駆け下りた。
最後の一段で足を止め、髪飾りに触れて目を閉じた。
「姉さま、どうか、力を貸してください」
口を結び、両目を開いて、階段を降りきった。




