第40話 手をつないで、ぶっ殺す
夜。
子供たちと別れたミラとベンバドルは、準備を整えてから、クロムウェルの名もなき路地裏を訪れた。
場所など関係ない。どこであろうと奴はやってくる、ミラに屈辱を与えるために。
「おあつらえ向けの路地だ。ここなら奴に逃げ場はねえ」
「それはこちらも同じ。取り決めは厳守してもらうわ」
パッと左の手のひらにぬくもりを感じ、一瞬、胸が跳ねる。体温は低い。溶けない雪のようにその手は冷えている。しかし、それでいてあたたかい。悪くない感触だ。
呪いの効力は強化されている。分断は死を意味する。だから手を繋ごう。こいつにしちゃあエモーショナルな提案だ。とはいっても百パーセント実利なんだろうがな。
ベンバドルは小さく息を吐いて、ビルに挟まれる闇を見つめた。
「あいつ、来るかな」
「ずっと感じている、やつの苛立ちを。自殺は望めない、ならばせめて尊厳を破壊するために、命を取りに来る。呪いなどもはやなんの意味もなさない」
「自殺でもなしに死なれちゃ満足しねえってか」
「結果を重視する我々は、しかしその過程に価値を見出す。私に敗北を認めさせなければ、死はやつの勝利条件とならない。――来るわ、必ず。決着をつけるために」
「だったら、お前らの流儀に則って叩き潰してやろうぜ。そうすりゃ奴さんも成仏してくれるだろう」
「叩き潰す、粗暴ね。もっと気の利いたセリフは無いのかしら」
「ああん? じゃあなんて言えばいいんだよ」
人形のような硬い表情が、ほんの一瞬だけ緩んだ。
「ぶっ殺す、よ」
ベンバドルは堪えきれず、くくっ、と笑い声を漏らした。
悪かねえ、確かに、やるならとことんやるべきだ。だったら、とベンバドルは頭の中で思い描いていた作戦を試してみようという気になった。
「ところでよ、お前、泳げるか?」
「泳げ……なに?」
眉を顰めるミラに、コートに隠した爆薬を見せてやった。TNT、正式名称トリニトロトルエン。最新の爆薬で、十キロもあれば建物一つをぶっ飛ばせる代物だ。
「試したいことがあるんだ」
ベンバドルはニヤリと笑った。
イーディスは廃教会の入口を固めた石のゴーレムを睨んでいた。敵の反応はまだない。けど、油断なんてしちゃだめ、一瞬たりとも隙は見せられない。
「ここは任せたよ。なにかあったらすぐに知らせてね」
物言わぬゴーレムに声をかけて、イーディスは建物内へと戻った。
じきに日が変わる。孤児院の面々と共に裏手の丘の教会にやってきてから、四時間近くが経過していた。
孤児院に残っていてはみんなを守れる自信がなかった。住むには悪くない場所でも、防衛には適さない。敵の侵入を許して一気に子供たちが……という最悪の未来が想像できた。
この廃教会は丘の上にあって全周囲を警戒できる。建物は堅牢で、敷地も広いから大型のゴーレムや仕掛けを設置しやすいし、戦闘になった場合でも周辺の被害を気にしなくていい。それにみんなが隠れられる地下室があるのも、好都合だった。
イーディスは身廊の空いたスペースを、手持ち無沙汰に歩き回った。一度外に出るまで隣にイグネアがいたが、どこかに行ってしまった。
気づくと、目の前に階段があった。二階にはベンバドルから提供された大口径のライフルとガトリングを乱射するだけのゴーレムが配置されている。様子を見に行こうか、いや、それは何度もやった。即応できるように一階で待機していたほうが合理的だ。
荒れ果てた教会内部になんとか座れそうな椅子を見つけて、そこに座った。すでに準備は終えていて、ただ溜息を吐くことくらいしかすることはなかった。
姉さまには失望されたくないけど……、とイーディスは思った。万が一にでも敗北は許されない。それは存在意義を失うのと同義だ。ホムンクルスだから、劣化クローンだからこそ、オリジナルよりも優秀であると見せてやる必要がある。
問題は、戦いに自信がないこと。
もう一度ゴーレムの配置をチェックしよう、と立ち上がると、ちょうどイグネアが戻ってきた。
「緊張を解すためにも、お茶にしませんか?」
手にしたお盆には、ティーカップがふたつ乗っていた。




