第39話 仲直りは、部分的に
ミラが手を離して身体を起こす。イーディスは脱力してしまったようで、脳の理解が追いついていないような途切れ途切れの笑いを漏らしていた。
「それだって、身勝手だよ。姉さまったら、こっちの都合なんて考えもしないんだ」
ミラは黙ったまま、それのなにが悪いか、と言わんばかりにイーディスを見下ろしている。
独り言のように、ぼそぼそとイーディスの口が動く。
「愛か、愛なんて、恥ずかしい、そんな純情な人、他にいないよ」
あーあ、とため息を吐いて、イーディスは言った。
「やっぱり姉さまには勝てないや」
ついに負けを認めるようなことを言って、差し出されたミラの左手を掴んだ。
憎悪していたミラに敗北したばかりのイーディスは、広がる空のような晴れやかな顔をしていた。顔は泥まみれでも、服はぼろぼろでも、満足そうにしている。
ミラは身体を避けて、途端に神経質な顔になって「……大丈夫?」と不安そうに聞く。逞しかったのに素顔が垣間見えると、どうも締まらない。けどそういうところが美徳ってやつか、とベンバドルは思う。
イーディスにも意地があるのか、手を取ったのは一度だけで、大丈夫、とも大丈夫じゃない、とも言葉にはしなかった。それでも敗北を認めるのは嘘ではないようで、二人を見るように顔を振ってベンバドルとミラに言った。
「生み出してしまった怪物の後始末をしなくちゃいけない。だから……姉さまとお兄さんに協力してほしい」
「おい勘違いすんなよ、協力するのは俺達じゃなくてそっち――いてっ」
ミラに肘で小突かれた。
「もちろん、協力しましょう。あなたが味方でいてくれるほど、心強いこともないわ。ありがとう、イーディス」
ミラがそう言うと、イーディスは顔を逸らした。
「……じゃあ、準備しなくちゃいけないから、またあとで」
身の置き場がなさそうなイーディスを、ミラは引き止めた。
「待って。あなたにしか頼めない、大切な役目があるの。聞いてくれないかしら」
足を止めて、怪訝そうにイーディスは首をかしげた。
「お役目……?」
「ええ。なによりも優先するべき事柄よ。そのためには、一度顔見せをする必要があるわね」
そう言ってミラは、イーディスを孤児院に招いたのだった。
なくてはならないとミラに懇願され、一度は承諾したイーディスだったが、いざ孤児院にやってきた途端、玄関の前で踵を返した。
逃げようとするので、ベンバドルはその襟首を掴んだ。
「協力し合うって約束だぞ」
「けど嫌なものは嫌っ、離して、やっぱり帰――」
「うっせ、行くぞ」
そのまま引っ張って中に入ると、どこからともなく現れたナタリーが飛びかかってきた。イーディスの胸に飛び込んで、二人でずっこける。もみくちゃになりながら身体を起こして、満面の笑みでナタリーは言った。
「ミラと仲直りしてくれたのね!」
「ぶ、部分的に。姉さまが協力したいって言うから……」
指先を弄ってもじもじして、イーディスはほんのりと赤面していた。
ナタリーはイーディスの手を引ったくって、ぶんぶん振りまくる。わーい、わーい、と人の話を聞かずに騒ぎまくる。痛いと言っても聞かずに振りまくる。そうやって騒いでいると他の連中もやってきて、あっという間に見世物小屋のような賑わいになった。
アランとヤン、それからロリーナとは顔見知りのようで、「あっ」とすぐに気づいて大いに喜んだ。一方のイーディスはというと、どうにも落ち着きない様子で、身体を斜めにしながら、「……久しぶり」とだけ言った。
しかし旧友よりもなによりも、やはり大騒ぎしているのはナタリーだ。
「お家を案内するわね!」と言って手を引っ張ってどこかに行ってしまい、しばらくして戻ってくるとどうしてかイーディスの身体は小綺麗になっていて、服も清潔なものに変わっていた。その衣服はナタリーのものなのだろうか、やや窮屈そうに見えた。
赤面するイーディスは、手足をモジモジ落ち着きがなかった。
ベンバドルは身なりの整った姿に感心しながら言った。
「よかったな。ほら、俺の言った通りだろ」
「……お兄さんの馬鹿」
イーディスは口をとがらせて、そっぽを向いた。




