第37話 私はまだ、みんなと生きたい
イグネアは大げさに首を捻った。
ミラはイグネアからも逃げようとして、ちらっと振り向いて退路がないことに気づく。苦しくて悲しい、あの泣いていないのが不思議なほどに悲壮感にあふれる表情で、うわ言のように呟く。
「……私とは違う……まだこんなにも幼い……命を散らすのには早すぎる……」
早すぎる。確かにそうだ。だが、お前だってそうだとベンバドルは思う。思い切り引っ叩いてやれば目を覚ますのではないかと野蛮な考えが頭に浮かんで、実行に移す前にイグネアが言った。
「侮っているんですね」
「え……?」
「子供たちにだって、私にだって、意志はありますよ。誰もミラ様の操り人形なんかじゃありません。舐めないでください」
唖然としているミラを他所に、イグネアは呟いた。
「アイシアだって、そうだった」
一瞬どこか遠くを見ていたイグネアは、すぐにまた向き直った。
姿勢を正し、手を前で重ね、イグネアはミラを見つめた。
「わたしたちは皆、自らの意思で運命を選びます。確かに彼らはまだ幼い、幼いけれども、私には確固たる信念があると感じられます。ですから、尊重してあげてください、ミラ様、いいえ、――ミラ」
ミラは黙り込んだ。なにも言えずに下を向いている。
弱々しい目で、ミラはナタリーを見た。
「私が死ななければ、あなたが死んでしまう。まだわからないかもしれないけれど、それはとても辛いことなの。あなたには未来がある、生きてやるべきことが沢山ある、こんなところで、終わっていいはずがない、ないのよっ」
ナタリーは首を傾げた。
「平気よ、わたしは死んだりなんてしないわ」
「そうじゃないの、そうじゃないのよ。あなたにも呪いが刻まれてしまったのよ、ごめんなさい……私のせいで……ごめんなさい……」
「ミラ……」
はじめてナタリーの表情に陰りが見えた。一瞬躊躇を見せて、しかし、俯くミラの片手を取った。
「そんな顔しないで。わたしが弱いのがいけないの、ミラのせいなんかじゃないわ!」
「私はあなた達を守る使命がある……私にはっ」
「なら守って。死んじゃうなんて言わないで」
ハッとしたようにミラが顔を上げた。ナタリーの笑顔とは対照的な、酷い面をしていた。
ベンバドルは、ミラのところまで行って、目線を合わせるために少しかがんだ。
「俺も死ぬつもりなんてない。もちろんあいつらも、お前も、みんなで生き残るんだ。全員で戦って、勝つんだ。怖いか、自信がないか、いいぜ、だったら俺がお前を守ってやる。だからお前も俺を守ってくれ、一緒に戦ってくれ」
「情けないことを言うのね……こんなときでも……あなたは……」
「俺は弱いからな。パートナーがいなきゃ、なんにもできねえ。頼むよ、中途半端は嫌なんだ」
「本当に馬鹿ね……」
「賢いのと馬鹿なの、足したらちょうどいいかもな」
おどけてみるとミラはもういちど小声で「ばか……」と言った。
やや沈黙があって、それからミラはこんなことを聞いてきた。
「一つ聞かせて、あなたは、あなたたちは、なぜ、私に、こんな私に、……手を差し伸べようとするの」
ベンバドルの胸にある言葉が浮かんで、迷わずに口に出した。
「お前が、寂しそうだから、かな」
へっへへ、と珍妙な笑いがつい漏れる。隣にいたナタリーも「そうよね!」と声を上げた。
全身がむずかゆくなった。ナタリーのマネをするのは難しいもんだ。
しかしふらっと顔を上げたミラの表情が、なんとも穏やかで、陽の光を浴びたような心地になるものだから、悪くねえ、とも思った。
順繰りに、一人一人と目を合わせてから、ミラは言った。
「もし……もし許されるのなら……私はまだ……みんなと一緒に生きていたい」




