第36話 誰かが困っていたら、手を貸す
そう言われても子供たちは離れようとしなかった。纏わりついたまま、困惑して顔を見合わせる。どうして、と、各々の言葉でミラに尋ねた。
ミラはこれまでのことと、これからのことを説明した。死、という選択は合理的であり、そもそも大を救うために少を犠牲にするのはアルケミストのあるべき姿だ、だから受け入れてほしい、とそのようなことを言って、しかし子供たちは誰一人として納得していそうになかった。嘘でしょと言ってミラに縋り付いたり、顔を伏せて涙を堪えていたり、ヘレンのように本当に泣いているのもいる。
「理解して……わかってほしい、私などより、あなた達の未来のほうがずっと大事なのよ。だからね、だから、他に道がないのなら……そうするしかないの」
「ぼくらも……ぼくだって、ちょっとくらいなら、役に立ってみせるから、死ぬなんて言わないでほしい。怖いのは嫌いだけど……また誰かがいなくなるのはもっと嫌だよ」
そう言ったのはヤンだった。他の子供達も同調して、そうだそうだ、と首を振る。ミラのために戦うんだと拳を掲げる。ロリーナは「今すぐ殴り込みですわお姉さま」と鼻息を荒くしていた。
「遊びではないのよ! どうにもならないことをどうにかしようとしても、現実は……覆ったりしないのよ。起きてしまったのよ、そうなってしまったのよ、希望的観測ではなく、現実的に行動するべきなのよ。なんでそれがわからないの、あなたたちも、あなたも!」
ベンバドルは堪えきれずにふふっと笑い声を漏らした。
「こいつらにも譲れねえもんがあるんだよ。お前と同じでな」
同意だとばかりにミラを囲む全員が頷く。
ナタリーが言った。
「誰かが困っていたら手を貸すのは当然! わたしたちがミラを助けてあげるわ! ね、みんな!」
満足気に腕を組んだロリーナが最初に同調した。
「当然ですわ! そのように生きろとおっしゃっていたのはお姉さま自身なのですから」
いつもおどおどしていたヤンは、目を逸らさずにミラを見つめる。
「役に立ちたい……ぼくも……!」
アランはそんなヤンの様子を感心したように眺めていて、次は自分の番だとばかりに一歩前に出た。
「みんな思いはひとつです。僕らが散り散りにならずにいられるのはお姉様のおかげです。ですから、差し出がましいのは承知の上で、それでも僕らは力になりたいと思っています」
ミラは泣いているような顔で呆然としている。心が抜けてしまっているように、力なく彼らの言葉に聞き入っていた。
ほとんど同時に、ミラを見上げて、ヘレンとレイフが言った。
「ぼくも」「わたしも」
ベンバドルは声を出さずに、さりげなく胸の前で手を上げた。俺も、と。
ミラはたじろいでいた。重圧に耐えられないようで、小刻みに首を振りながらあとずさる。
「認められない……認められないわ……そんなの……私には……」
階段から足音が聞こえてくる。イグネアはゆったりとした足取りでやってきては、逃げようとするミラの退路を塞ぐように廊下に陣取った。そんなことにも気づかないまま後退を続け、背中をぶつけて足が止まる。
過剰なくらい敏感に反応したミラは、過呼吸になったかのように息を切らしながら振り返った。すがりつくような目で、救いを求めるような声色で、悲鳴を上げるように言う。
「ネア! あの子達を大人しくさせて、言うことを聞いてくれないの」
「さて、朝食にお呼びするつもりだったのですが、なんの騒ぎでしょう?」
「だからっ、話を聞こうとしないのよ、道理が通用しないの、無茶をやろうとしているのよ」
「それはそれは、困りましたね。ねぇみんな、どうしてミラに反抗しているの?」
すかさずナタリーが言った。
「みんなで悪いやつをやっつけるためよ!」
イグネアは微笑で答えた。その笑顔を崩さずに、胸元のミラに目を向けた。
「安心しました。子供たちは、良く育っているようです」
対照的に引きつった顔でミラは叫ぶ。
「そのような呑気な話ではない! 死ぬつもりなのよ、私のために!」
「なんとまあ、行き過ぎた献身は感心しませんね。自己犠牲を選ぶ当人はよくても、周りのことを忘れていたら、ただの自己満足で終わってしまいます。解決手段としては下の下、健やかではありませんね。うーん、一体、誰に似たのでしょう?」




