↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水銀の錬金術師と、姉を殺しにきた妹  作者: 光
第二章 水銀の悪意

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/53

第33話 腕一本の通行料

 すぐさま室内に戻り、脇目も振らずミラの私室を目指した。


 早歩きで廊下を抜けて階段にたどり着き、一段目を踏みしめたところで、それは起こった。いや、起きていた。なんの変哲もないその空間が、皮膚に痛みを感じるほどの超高温に支配されていたのだ。


 あまりの熱気に歪んでしまった視線を持ち上げると、最上段にこちらを見下ろすイグネアの姿があった。


 充満する熱とは対照的な、冷え切った、つまらないものを見るかのような目をしていた。


「おはようございます。私のことは気にせず、どうぞお通りになってください」


 埃が燃え、バチバチと音を立てているが、汗ひとつ浮かべずにイグネアは平然としていた。


「通行料は、安くはありませんが」


 吹きすさぶ熱風がベンバドルを圧倒した。皮膚が粟立ち、髪が逆立つような感覚があった。イグネアの左腕が、赤熱するように赤い光を帯びていた。


「そうかい、じゃあ通らせてもらうよ。料金はツケといてくれ」


「イーディスはそんなものまで隠し持っていた。最初からグルだったのですね」


「ところがどっこいそうじゃねえ。さっきグルになったんだよ。こいつで悪者を倒してくれだとさ」


 イグネアより二段下まで進んで、そこで足を止めた。止めざるを得なかった。


 右手を掴まれた。握るのではなく、掴む。甲の側に親指が、手の平の側にそれ以外の指が、圧迫感を感じるほどの強さで挟み込まれた。


「そんな言葉を信じろと」


「あいつを殺すってんなら、わざわざこんなもん使わなくていい」


 手の甲にじんわりと熱が広がる。鉄の棒を押し付けられて、それが徐々に加熱されていくような感覚があった。


「通行料です。この腕を頂きましょう。それぐらいの覚悟を示してくれるのならば、あなたを信じてみてもいい。無理だというのなら、今すぐご帰宅なさってください」


「まいったな、こいつはそれなりに大事にしてるんだ」


「取引に応じられないというのなら、それで構いません。ここから立ち去り、二度と姿を見せないでいれば、あなたに危害を加えません。腕一本――払えるはずがないでしょうね」


「そうだな、こっちは利き腕なんだ」


 ベンバドルは、短剣を上手いこと腰に刺して、空いた左腕をイグネアに向かって伸ばした。


「こっちにしてくれ。左なら、まぁ、無くてもなんとかなる」


 イグネアは手の力を緩め、目を見張った。


「……正気ですか」


「お前が言い出したことじゃねえか。正気じゃねえとは思うさ、けど、これまで好き勝手に生きてきたんだ、たまには身体張るのも悪くねえ」


「早くしてくれ」と言ってみたが、イグネアは下を向いたまま動かない。なにか言いたそうに唇が動くが、すぐに止まってしまう。


 ベンバドルの左手をイグネアは掴んだ。こころなしか手つきが繊細な気がした。


「あなたは、なぜここまで、なんのためにこんなことをしますか」


「あいつを、ミラを、許してやるためだ。俺みたいな無責任なやつにしか、お前は悪くないなんて言えねえからな。早いとこやってくれ」


「……左腕を失ったあなたを見て、ミラはもっと自分を責めてしまう」


 それは、そうかもしれない。いや、しかしこれは自分で決めたことだ。ミラが悪いわけじゃない。とはいえ気に病むのは間違いないわけで、しかし――


「あなたはミラの客人です。ですから、これ以上の実力行使は、私の権限にはありません」


「……いいのか?」


「……裏切ることは出来ませんから」


 イグネアは手を離した。自分の胸を抱くようにして、階段に座り込んだ。いつの間にか熱気は収まっていた。赤熱していた左腕も、すっかり元の姿に戻っている。


「あなたの腕は私のものです、私のものはミラ様の所有物です、ですから大切にしてください……あの方にこれ以上罪を背負わせないでください……」


「ああ、そうさせてもらう」


「私にはできなくて、あなたにしかできないことがあるのなら……それを全うして、その言葉は嘘ではないと証明してください……ミラ様のために」


 ベンバドルは深く頷いて、階段を上っていった。


 二階に上がって、ベンバドルは目を細めた。すぅっと細長い光が伸びていて、思わず目を覆いたくなった。


 朝焼けが、廊下を照らし始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。