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水銀の錬金術師と、姉を殺しにきた妹  作者: 光
第二章 水銀の悪意

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第31話 優しいお兄さんを信じるよ

 ベンバドルは「な?」軽く二の腕を叩いた。それでもイーディスがモジモジしていたので、今度は手を掴んだ。


「ナタリーも会いたがってたぜ」


「あの子が……あっ」


 軽く手を引く。抵抗があればやめようと思っていたが、イーディスの手に力は入らなかった。


 少し前のめりになって、次の瞬間にはもう、芝生に二つの足が乗っていた。


 それでもイーディスは「中には入りたくない……こんな時間だし……」と言った。仕方ないので、庭のベンチに並んで座った。


 返した包みを膝の上において、イーディスはそれをじっと見つめていた。


 いくらか沈黙があって、先に話を切り出したのは、イーディスだった。


「ねえ、お兄さん。……生きるってどんなことだろうね」


「んだよ藪から棒に。さあなあ。んなこと考えられるほど、余裕ある生活もしてねえからな」


「イーディスも……そうだったよ。人を……殺すことばかり考えて……その本質を見ようともしなかった……でも、今は、どうしても考えちゃうんだ」


 イーディスの声は、消えてしまいそうなほどにか細かった。


「辛いことはこれまでもたくさんあったけど、本当に死ぬかもしれないって感じたのは、この間が初めて。ねえさま……あの悪夢はイーディスを殺すつもりだった」


「それで、ちったあ反省しようと思ったのか」


 イーディスは小さく頷いた。


「あのとき……」


 イーディスは言い淀んで、少ししてから、決心したようにベンバドルの目を見た。


「あのときお兄さんが助けてくれて、心の底から安堵してたの。だからね、それで自分のことを考えて、なんなのかな……って、だって、意味のない命なのに、どうして、なんで、……生きてることが嬉しいとか、思うんだろう」


 言い切ってからイーディスは、途端に揺らいだようだった。不安そうに眉を垂らし、視線がうろちょろしている。


「その……でね……人を殺すのは悪いことなんじゃないかって……」


「なに言ってんだよお前は。だいたい自分だって見捨てられたってキレてたじゃねえか」


 軽く息を吐いた。するとイーディスは、悲壮感たっぷりの表情になって、どんどん顔を沈ませていった。


「自己矛盾……気付かなかったの……」


 アルケミストって奴らはどこか抜けてる。ミラと同じで、なんでも知ってそうで実はなにも知らないのかもしれん。まったく、かわいげのある連中だ。


「どいつもこいつも、生き死にを軽々しく考えすぎだぜ」


「それって……姉さまのこと?」


「あいつの場合、てめえ自身のことだけどな」


 ベンバドルはイーディスの頭に手を乗せた。ぴくりと身体が跳ねて、オッドアイがまるまると見開いた。


「まったく、この頭にはなにが詰まってるんだか」


 ベンバドルは小さく笑った。


 賢いくせに当たり前ってやつを知らない。ミラも、こいつも。


 イーディスが「……またニヤけてる」とぼやきながら表情を崩した。


 死に顔なんかより、やっぱり笑顔のほうがずっといい。


 こいつだけじゃなく、姉さまの方もきっとそうだ。


 手を離すと、イーディスはまた包みに視線を落とした。それを見つめながら、考え込んでいるように見える。先程は気にしている余裕もなかったが、そういえばやたらと軽かった。


「なあ、それ大切なものだって言ってたけど、なにが入ってるんだ?」


 イーディスはベンバドルを見上げた。


 数秒ほどの短い沈黙があって、結んでいた口を開いた。


「お兄さんは……姉さまをどうするつもりなの」


「あ? なんだよ」


「いいから」


 難しいことを聞く。だが、誤魔化してばっかりじゃいられねえ。


「あいつの言い分もわからなくはねえ、みんな仲良く無駄死にが正しいとは思えねえ。犠牲が一人で済むなら、そうするべきだ」


「そうじゃないよ。本当の気持ちを教えて。さっき言ったこと、イーディスは忘れてないよ」


「忘れろ、……とも言えねえか。ああそうさ、今は合理的な手段ってやつよりも、あの偽物野郎に小便ひっかけてやる方法がねえか探してる」


 イーディスは首を横に振った。


「もっとハッキリ言って。恥ずかしがらないで」


 ベンバドルは一瞬目を逸らして、すぐに戻した。


 息苦しさを感じる。胸に正体不明のざわつきがある。ハッキリってなんだ、恥ずかしがるってなんだ、俺はミラをどうしたい。どうなってほしいんだ。……ああ、くそ、畜生、わかってるよ。


「お、」つっかえて、そのまま続けた。「俺は、なんだ……ミラには幸せでいてほしいって……思ってるよ悪いかよ、たくっ」


 義務を果たして、今度こそ目を逸らした。イーディスはどこか満足げに「そっか……」と言った。


「これを、本当に渡していいのか、ずっと悩んでた、けど」


 イーディスは笑顔だった。いつかとは違って、作り物ではない自然な表情に見える。


「優しいお兄さんを、イーディスは信じるよ」


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