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水銀の錬金術師と、姉を殺しにきた妹  作者: 光
第一章 月なき夜に煌々と

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第3話 札束が燃えた夜

 さあよこせ、と言わんばかりに右手を突き出して迫ってくる。もとよりそのつもりであったし、なんのためらいもない、のだが、思った以上の食いつきっぷり。なんだこいつ。


「今更翻意しようとしてももう遅いわ、渡しなさい」


「……しねえって。ほらよ、こいつはお前のもんだ、受け取ってくれ」


「あなた、見た目より誠実なのね」


「貸すのはいいが、借りってやつは好きじゃないんでな」


 札束を少女の手のひらに乗せ、


 ――突如、発火。


 札束が燃え上がる。「ッ」少女が咄嗟に手を引くと、地面に落下。火柱が上がる。一瞬のうちに、札束だったものは灰へと変わっていた。


 灰に手を伸ばしかけた少女は、途中で諦めてベンバドルを睨みつけた。


「言っとくがな、俺がチンケなイタズラをしたと思ってるなら、そいつは見当違いだ」


「……わかっているわ」


 鋭い目つきのまま、少女は橋の中央に視線をやった。


 大気中のチリや埃が、音を立てて燃え上がった。ベンバドルは姿勢を低くして、コートの内側に隠していたライフルを抜いた。


「金はだめだ、金は誰も助けない。心がない、君たちには」


 黒山羊のような頭。捻じくれた鋭利な角。鳩尾の穴に燃える白炎。常人の二倍はあろうかという巨大な体躯。皮膚は赤黒く焼け爛れ、肩から胸部にかけて白骨に覆われている。間違いない、悪夢だ。


「先走るなよ。あいつは――」


「あいつは私がやる。邪魔しないで」


 少女が地面を蹴った。


 むき出しの左腕を伸ばし――銀色の槍へと変わった。


「腕が溶けた……? 仕込みナイフ……いやそんなもんじゃねえ」


 少女の先制攻撃、槍に変わった左腕を突き出し、全身で悪夢に突進していく、


 しかし、攻撃は表皮一枚のところで食い止められる。局所的な火炎噴射が槍と拮抗。炎は穂先を起点に拡散、放射状に広がり全身を覆い尽くそうと迫る。


「離れろ! 肺が焼けるぞ!」


 少女は跳ね返るように後退し、姿勢を低く勢いそのまま地面を削った。


「今度はこっちの番だ」


 ベンバドルはライフルを構え、トリガーを引いた。弾倉が空になるまで撃ち尽くす。が、ダメ。致命傷どころか、かすり傷にもならない。


「くそ、これじゃ無理か」


 リロード、舌打ち、同時。


「弱いな、心なき者たちよ」


 悪夢が突き出した腕を中心に炎が渦巻き、まるで嵐のように吹き荒れる。


「やばいぜアレは――」


「させないわ」


 少女はタクトを振るうように左腕を踊らせた。


 悪夢の全身が小刻みに震え、火勢が衰えを見せる。見れば空間に銀色の糸のようなものが張り巡らされ、その巨体を縛り上げていた。


 拘束しようとしている、が、少女は苦しそうに身をかがめた。


 悪夢の筋肉が肥大化し、糸を引きちぎろうとしていた。


「くぅ…」


「離れろ!」


「!?」


 有効射程まで駆ける。コートの内側から擲弾発射機を取り出し、即座にトリガーを引く。銃口から硝煙が噴出、擲弾が山なりに発射される。


 数秒の滞空時間。着弾、炸裂。爆炎が悪夢を襲う。


 それとほぼ同時に少女は飛び退き、ベンバドルの傍らへと転がりこんできた。


「私を殺す気なのね」


 ベンバドルはリロードしながら言った。


「そう言うな、あいつほどじゃねえ」


 噴煙の中から捻れた角が姿を見せる。頭、胴体、下半身、そのどれもが無傷のまま。


 二発目を発射、回避されず、いや、回避せずに直撃。当然、結果は同じ。


「気にいらねえ、眼中にもねえってか」


 悪夢が右手を上げる。荒れ狂う炎が周辺の空間を飲み込もうと吹きすさぶ。


 どうする、一旦引くべきか。アレを持ち出して後日お礼参りしてやってもいい。だが、それまでにこいつが暴れ放題というのも気に食わない。とはいえ、意地張って死ぬのもごめんだ。


「策は? 逃げるか戦うか即決しろ。俺は逃げたい」


「さっきの爆弾を寄越しなさい」


「擲弾(グレネード)だと? お手玉には向いてねえぞ」


「口より手を動かして。迅速に」


「大事に使えよ、最後の一発なんだ」


 擲弾を差し出す。少女はそれを左手で受け取り、


「本当はね、火薬って嫌いなの」


 とつぶやいた。


 今度はベンバドルの目の前で、見間違うことなく腕が水銀の如く液状になり、擲弾にまとわりついた。


「……そんなふうに使うやつを見たのは、はじめてだぜ」


 少女は一直線に突進した。火炎旋風の中で左腕が膜のように広がり赤熱する。


 髪先を燃やし、衣服の一部を燃やし、皮膚の一部を業火に晒しながら弾丸となって突き進み、敵の喉元へと達する。姿勢を低く、左腕に全体重を乗せ、銀の弾頭を荒々しく、


「還りなさい!」


 敵腹部へと叩きつけた。


 瞬間、大爆発が悪夢を襲った。


「なんてこったよ、化け物ばかりか」


 一人でおどけてみるが、目は離せない。


 あいつ本当に人間かよ。変な力があるからって、めちゃくちゃやりすぎだ。死ぬ気かっての。だが、あれだけやりゃ、いくらふざけた悪夢でも――


 悪夢は微動だにしていなかった。少女は目を見開く。まさか、と口元が動く。

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