↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水銀の錬金術師と、姉を殺しにきた妹  作者: 光
第一章 月なき夜に煌々と

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/53

第2話 猫を拾う、物騒なお姫様

 表から金属がぶつかるような音が聞こえてきて、意識をそちらに集中させた。


 音を追いかけて、少し走って、そして理解した。今日はとことん厄日だと。


 同業者に獲物を横取りされようとしている。若い女が、悪夢とやり合っていた。左腕に装着した剣らしき武器で、爪を弾いたり突進をいなしたりしていた。


「しゃあねえ、恩でも売っとくか」


 ライフルを構える。コッキング、初弾を装填、狙いを付ける。照準器の中心に仮面を捉え――少女が、見上げるほど高く飛んだ。後ろ向きに放物線を描いて、ベンバドルの眼前に着地した。


 灰色の長い髪をしたその少女の右手には、なぜか子猫が乗っていた。


「そのおもちゃをしまって、手を出しなさい」


「ああん? お前、一体、っ」


 空間を揺らす咆哮。呼吸を短く、怒りをあらわに、悪夢が突進してきた。


「早くしなさい。あなたにほんの少しでも慈心があるのならば」


「ちぃ、俺に命令しやがって! とっととよこせ!」


 半身になって両手を出すと、ぽとりと猫が落ちてきて「にゃー」と鳴いた。


「私の代わりにこの子を守ってあげて」


「やれんのか!?」


「愚問ね」


 少女は、稲妻のような速さで悪夢へと肉薄した。


 悪夢の腕が肥大化。垂直に叩きつけると、地面が砕けた。波紋が広がるようにクレーターが形成される。足場は崩壊した。だが、少女は空にいた。飛び上がって、悪夢の頭上で左腕を構えている。銀色に輝く刃を。


 少女は脳天を真っ二つにし、流れるような動作で敵を細切れにした。八つ裂きにされた悪夢はやがて形を保てなくなり、白い光を放ちながら塩へと変わった。


「ご苦労さま。通りすがりにしては、良い働きをしてくれたわ」


 戻ってきた少女は、開口一番そんなことを言った。何様のつもりだ。子猫は手のひらに爪を立てて飛び降りベンバドルが「痛っ」と叫んでいる間に、少女の足首に顔を擦り寄せていた。


「足は平気? そう。帰る場所がないなら、家に来る?」


 少女は屈んで猫と話をしている。その様子を見ていて、武器がどこにもないことに気づいた。


「お前、武器はどうしたんだ? すんげえ切れ味、ちょっと見せてくれよ」


 少女は「あれとお話するから、少しだけ待っていてね」などと口走りながら、立ち上がった。


 銀色のツリ目が、睨むようにベンバドルを見ていた。左側だけ袖のない妙な服を着ていて、そちら側の肩を白い外套で覆い隠している。さながら宮殿から脱走してきたお姫様だ。


「申し訳ないのだけれど、あなたは招待していないわ」


「されなくて結構だよ、そんな話はしてねえ……ていうかお前」


 正面から顔を見ていて、思う。


 さっきのガキと顔がよく似ている。髪の色も同じだ。


「なに? 凝視されるのは、好みではないのだけれど」


「いや、家族を捨てたりしてねえかなと思って」


「あなたも八つ裂きにされたいの?」


「いや、なんでもねえ。美人と話すと口が軽くなるんだ」


 へへっと笑うと、少女は無言で顔を背けた。


 少女は悪夢の残骸、塩と称される粒の山に向かった。その中からブローチのようなものを拾い上げ「これではない……」と放り投げた。そして、また周辺の捜索を始めた。


 ベンバドルは血のこびりついたブローチを拾い上げた。これが遺物ではないかと思う。


 遺物に込められた情念が具現化したのが悪夢、というのは受け売りだが、おそらく事実なのだと思う。


 顔を上げる。少女を探す。


「なあ、やっぱりこい……おい、どこ行きやがった」


 いない。


 上を見ても下を見ても、左右を見渡してみても。もう、少女の姿はどこになかった。


 さらに、おかしなことがもう一つあった。


「塩が消えてやがる」


 普段と比べて、消滅するのが早すぎる。こんなことは前代未聞だ。


「ちっ、おかしなことばっかりだぜ」


 ベンバドルは頭を掻いた。


 今日は仕事をしていない。報酬をもらう資格はない。決定事項だ、それは。


 なのに勝手にいなくなり、勝手に決定を覆そうとしやがって。


 そんなのはごめんだ。そいつは不自由ってもんだ。


 少女と出会ったあの夜から数日。悪夢の噂を聞きつけたベンバドルが足を運んだのは、地名であるマグニカの名が与えられた大橋の上だった。


 その場でベンバドルは、二つのものを目にした。


 一つはガス灯に照らされた黒霧。


 もう一つは、例の少女だった。


「よう、観光か?」


 少女は街灯の上に立ち、黒霧を見下ろしていた。


「渡したいものがあって探してたんだ」


 少女は一瞥もせずに答えた。


「あらそうご苦労さま。帰っていいわよ」


「そう言うな、見るだけでも――」


 言いながらコートの内側を弄り、この間の報酬を取り出す。


 札束を手に再び上を見ると、


「あぁ?」


 いない。


 そう思ったのとほぼ同時に、すとん、と音がした。振り返ると、少女が詰め寄ってきていた。


「それはなに? その札束はなに? あなたの渡したい物ってそのお金のこと?」


「あ、ああ。この間のブローチを金に変えたんだ、いるだろ?」


 即答だった。


「貰うわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。