第27話 水銀の化け物を殺す方法
〈赤い石〉
万物を創造し、世界そのものを書き換えてしまうすごい石。死んだ人だって生き返らせられると言われている。赤い光、もしくは万能薬エリキサとも呼ばれる。それは高潔なる精神によって見出されるものとされているけれど、残念ながらまだ見つかっていない。
〈白い石〉
紛い物の石。ある物質を、他のある物質に変換する力を持っている。それでもとっても凄いことなんだけど、赤い石の力には遠く及ばない。でも、アルケミストはそれを秘宝と呼ぶ。それもそのはず、白い石を使えば普通では考えられないことができるんだ。ただし、白い石は扱う人間を選ぶ。普通の人間にとってはただの石ころと変わらない。
〈七つの金属〉
白い石を使いこなすためには、ある特別な金属鉱石と人間の身体を合体させる必要がある。この特別な金属は「七つの金属」と呼ばれ、水銀はその中でも最上級とされているよ。なぜなら、水銀は柔軟性と高貴さを兼ね備えた、アルケミストが支配可能な中で最も扱いやすい物質だから。でも、それでも水銀の上には銀と金が存在しているんだ。ただし、銀や金はアルケミストにとっても手に負えない。真に高貴なこれらの物質を制御することは、いまだ誰にもできていないからね。
「我々は数千年もの間、赤い石を探究してきた。でも、見つかっていない。見つかりっこないって言う人もいるけど、実在は確かだとされているの」
「……なんで確かだって言えるんだよ」
「いい質問ね。古い言い伝えがあるの。下の世界にあるものは、上の世界にあるものに似ており、また上の世界にあるものは、下の世界にあるものに似ている。魂は純粋であり、理は無垢である。結婚により我ら一なるものを赤き光として得るだろう。つまり信仰の対象であり、赤い石が拠り所になっている、と言えばわかりやすいかもしれないわ」
なんにもわかりやすくはない。
「結婚? 悪いけどそういうのはやってねえんだよな」
「結婚とは……すなわち結合のこと。水銀と金の結合によって赤い石は誕生するとされているけれど、水銀は金によって崩壊してしまう。この矛盾を我々は解決していない」
「それじゃ確かじゃねえ――」
「コレスポンデンス!」
「は?」
「精神は宇宙と結びついている。宇宙は精神と結びついている。信じなければ赤い石は見出だせない。言い伝えが誤っているのではない。解釈する側が何かを見落としている。そう考えなくてはならないのよ」
「よ、よくわからねえけど、目がキマってるぜ」
軽く笑うと、ミラの鋭い視線を感じた。殺意までも籠もっていそうな目だった。おちゃらけているくせにマジだ。
「白い石については割愛するわね。板書をよく読むように」
「知ってるぜ、お前が使ってたやつだろ。あのガキも欲しがってたな」
やはりミラはベンバドルを無視する。
「黒板にもある通り、白い石を扱うために我々は金属鉱物と融合するの。戦うためなんかじゃないのよ、本当は。驚いたかしら? でもそうなのよ。それでね、私の中にある水銀っていう物質は、とっても強固な金属なの。ああ、一般的に知られている水銀とは区別するのよ、わかったかな?」
ミラは犬にお手でもさせるように、その左手を前に出した。
「いちばん大事なお話をする前に、鉄砲を貸してくれないかしら」
「なんだと? 俺を撃とうって……いや、そんなことする必要もねえか」
ベンバドルは言われたとおりに拳銃を手渡した。トリガーを引けば弾は出るのかと聞かれて、そうだ、と答えた。
「左腕だけじゃない、水銀は分子レベルで……身体そのものと合体してる。だからね、簡単には壊れないの。実演してあげる」
ミラは自らのこめかみに銃口を当てた。トリガーにかかった指が、引かれた。
「ばかやろうっなにを――」
ベンバドルが飛び出すが、間に合わない。
破裂音のような銃声が響き渡った。ミラの頭部ががくんと揺れた。一瞬足取りが乱れるが、変わらず二本の足で立っている。こめかみからツーっと銀色の血が垂れた。
ミラは微かに口角を上げて、笑っていた。
垂れ下がった腕がぶらぶらと揺れる。銃弾が落ちて、短い金属音を鳴らして床に転がった。
「人でなしは、思いつきで死ぬことすらできなくなるの。殺すためには抑制剤を注射した上で、まだ残る人間の細胞を破壊し尽くすしかない」
「銃を返しやがれ! お前は、てめえはなにをやってるんだ!」
その手から銃を引ったくると、ミラは反動で数歩後退した。
伏せていた顔を上げて、また陽気な声でミラは話を始めた。
「例外があって、純粋な金と銀は触れただけで水銀を破壊し尽くすの。だからね、それがあればよかったんだけど、残念ながら、知る限りの一振りはもう失われてしまっているの」
「だから、てめえはなにを言ってるんだ! 水銀だって? 殺すとか殺さないとか、そんな話は関係ねえだろうが!」
「あるの。残念ながらね」
ミラは床に落とした黒板を拾って“悪夢”と書き込んだ。そして、七つの金属と書かれた部分から矢印を引っ張っていきバツ印を打った。何個も、執拗に、盤面の空きをすべて埋め尽くすように。
「あの悪夢の身体は、水銀でできているの。私のようなものと違ってね、人間の身体がないの。大事なのはもうひとつ、水銀では水銀は殺せない。ここまで説明を聞いてきたベンバドルくんなら、もう答えは導き出せるでしょう?」
「そ、それは、あいつには、いや……武器がいるんだな、だったら探せばいい、その純粋な銀だか金だとかっていうのを、探させればいい。そいつでケリをつければいい!」
「あるはずもない希望にすがるのはやめようね、ベンバドルくん。この私が言っているのよ。無理だと。それに、たとえそんなものがあったとしても、私では扱えない」
「わかんねえことばかり言ってんじゃねえ。俺達は生きるんだよ、どんな手を使ってでも、あいつをぶっ殺すんだよ。ナタリーやイーディスだって……なのに、なんで――」
それがわからねえ、叫びは遮られる。
「方法はあるわ。たったひとつだけね」
ミラは部屋の隅に置いてあるチェストへと近寄った。最上段の鍵を開け、黒檀の箱を取り出した。百科事典くらいの大きさで、一切装飾がされていなかった。
中には、注射器が収められていた。
「殺すのは悪夢じゃない、別の、水銀の化け物よ」
ミラは酷いツラをしていた。運命を受け入れてしまったような、安らかな、ムカつく顔だ。
数秒経って。
ベンバドルの目をしっかりと見据え、瞬き一つすることなく。
ゆっくりと、しかしはっきりと、ミラは言葉を紡いだ。
それは、死地へ赴く戦士のようで。
「あなたに頼みがあるの」
どこまでも、くそったれな姿だった。




