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水銀の錬金術師と、姉を殺しにきた妹  作者: 光
第二章 水銀の悪意

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第23話 姉さまを殺すか、私を倒すか

 腕を下ろし、切っ先がイーディスに向いた。


 あいつはやばい、マジで殺る気だ。じゃあ、どうする、どうするってんだ、あのガキは敵なんだぞ。ただの同士討ちで「ちぃ……!」考えを振り切って飛び出した。どんなやつだって、目の前で人が死ぬのはごめんだ。


「ひっ」


 イーディスの顔が青ざめ、縮こまるように身構えた。


「ばいばい、元御主人様」


「くそがぁ!」


 ベンバドルは偽物に飛びかかった。細い四肢を押さえつけようとするが、まるで銅像のようでビクリともしない。しかし敵は攻撃を中断し、ベンバドルに目を向けた。


「そんなにがっついちゃって、見上げた執着心ね」


「悪いが、金属なんかに興味はねえ」


 拳銃を抜き、顎目掛けてぶちかます。偽物はのけぞりすらもしない。冷めた目でベンバドルを見下ろして「火薬って嫌いなの」とつぶやいた。


「ちっ、同じようなことを……」


 腕を掴まれ、ベンバドルは投げ飛ばされる。イーディスの目の前に転がって、すぐさま身体を起こし、銃を構え直した。


「お、お兄さん!」


 偽物が再び腕を伸ばして、切っ先が向いた。ベンバドルは身を翻し、イーディスを抱き込む。


「フラフラしてんじゃねえって言っただろうが! 死ぬぞ!」


「二人ともあっちでも仲良くね」


 一切の躊躇なく剣は突き出される。間合いなど無視され、まるで光のように、一直線に心臓へと向かって飛んだ。


 ベンバドルは叫んだ。


「――ミラ!」


 甲高い音が響いた。静寂に変わり、銀色の剣が転がった。ミラは一瞬のうちに間合いを詰め、神速の一閃が首筋を狙った。


「その顔、とても不快よ」


 偽物は口元を歪めた。刃を前にして、笑っていた。


「同感。さすが『私』」


 直撃だった。ふらっと身体が揺れる。首筋に一本の線が浮かび上がる。


 一秒もしないうちに頭部はずり落ち、床を転がった。


「舐めやがって。おととい来やがれだコノヤロウ」


 イーディスから身体を離し、偽物に吐き捨てた。それから、本物に目を移した。


「いい腕だ。どうだ、てめえの頭を落とした気分は」


「……悪くはないわ」


 とミラはぼそりと言った。強がりなのかと思った。気持ちいいなんてことはあるまい。よほどの異常者か、自殺志願者でもなきゃその感想は出てこない。


 ベンバドルはイーディスの様子を確かめた。未だに暗い顔をしていた。俯いて、なにやら呟いている。裏切られたことがよほどショックと見える。過激なことをするガキだが、こういうところは年相応というかなんというか、しょげているところを見せられると憎めなくなってしまう。


「……利用されていたのは……イーディスだったんだ……もっと……もっと賢ければ……」


 怪物を手懐けようとして失敗しただけなのに、アルケミストという連中はみんな自信過剰らしい。どうしたもんか、こういうときの対処ってやつにはどうも慣れない。


 頭をかいて、深く息を吐いて、考えて、結局、撫でてやることにした。ガキには大人らしいところを押し付けてやるに限る。こいつもきっと、しばらくそんなふうには扱われていないだろうから。


 そろっと手を伸ばすと、呟きがやたらと鮮明に聞こえた。


「もう……止められない……」


 空間に笑い声が反響した。振り向くと、狂気の笑みを浮かべる、頭、が目に入った。


 咄嗟に拳銃を構えようとすると、どこからか触手のようなものが伸びてきて叩き落された。


「ちいっ」


 転がる首が、さもおかしそうに言う。


「お見事、さすがは『私』、惚れ惚れする殺しの腕だわ」


 ミラの声だが、ミラではない。不気味に笑う少女の声は、きっと誰でもない。


 倒れた身体がカタカタと震え始める。ミラはそれに刃を叩きつけようとしたが、銀色の触手が伸びてきて、いとも簡単に受け止めた。


 するりと伸びた触手はミラの全身にまとわりつき、一瞬にして肢体を地面に縛り付けた。締め付けられ、悲鳴を上げる。


「ぁああ……ゔぅぅ……がはっ……」


「ミラっ!」


 ベンバドルの口元と足首にも触手が伸びてくる。回避しようとするが、その俊敏な動きに翻弄されてあっという間に捕らえられてしまう。直立することもままならず、鈍い音を立ててその場に倒れ込んだ。ものすごい力で抑えられていて、口を開けることすらもできない。


 イーディスはその暗い顔を、起き上がってきた首のない身体に向けた。


「そっか、これからはひとりでやるつもりなんだね」


 触手は首を拾って、イーディスの顔面に近づけた。


「その通り。私は『私』の目的を果たす。中途半端では終わらせない。『私』が死ぬまで、『私』が死を望むまで、決して終わりはしない」


「イーディスを殺すの」


「考えてみたんだけど、やっぱりあなたには別の役割をあげる。大好きなお姉様とお揃いのやつ」


 偽物が指を弾くと、水銀の塊がイーディスに向かっていった。


「イーディス!」


「がはっ」


 ミラの叫びは届かず、水銀の塊はイーディスの胸に直撃した。肌が露出し、血管が浮き出る。一瞬だけ眩い閃光に包まれたかと思うと、鎖骨のあたりに白い月の紋様が浮かび上がった。


 胸を押さえたイーディスは、ふらつきながら悪夢を睨みつけた。


「これはケブラの……ぐっ……」


「そっ、さすがは天才。解除したかったら私を倒すか、姉さまを殺すかしたらいいわ。四日以内にね。そっちのほうが面白いでしょう、今急いで戦うよりも」


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