第21話 家族ですもの
巨人が拳を振り上げる。咄嗟に駆け出そうとしたベンバドルに、ミラは叫んだ。
「来ないで、約束を違えること許さないわ!」
「あいつには手を出さねえ!」
ライフルを抜き、巨人の拳を狙う。あれも泥人形だというのなら、打ち砕けるはずだ。
瞬時に照準を合わせる。コッキング。トリガーに指をかけ、
「なにっ」
突然、足元から例の銀色が出現、射線に重なる。身を捩り巨人を狙うが、銀色の身体がするりと伸び、ベンバドルを吹き飛ばした。崩れた長椅子の上で身を起こすと、目の前に鋭利な切っ先があった。
「お兄さんは大人しくしてて。用があるのは、姉さまだけなんだからっ」
巨人の拳が振り下ろされる。ミラは回避しようともせず、その一撃を上半身で受けた。
肩を抑え、苦痛を顔に浮かべながらも立ち上がる。ミラはなにも言わずにイーディスを見つめていた。
「てめえっ、こいつは交渉じゃなかったのか!」
「先に手を出したのはそっちだよ。暴力が嫌いなら、黙って見てて」
ミラは言った。
「私のことは好きにしていい。一切の抵抗はしないと誓う。白い石も差し出す。だから、二人を解放してあげて」
「この状況でそんなの取引になるのかな。でもいいや、姉さまの博愛精神がどこまでご立派なのか試してあげる」
巨人が動き出し、ミラの両腕を持ち上げた。磔にされた罪人のように、ミラの腕が、脚が、地面から離れていく。
「てめえ――ちぃ……」
ベンバドルに突きつけられた切っ先は、微動だにしない。隙を探すが一瞬でさえも見当たらない。こめかみ辺りから汗が滴り落ちていった。ほんの少しでも動けば串刺しにされる。黙って見てるしかねえのかよ、ちくしょう。
イーディスは壇上から降りてきて、ミラへと近づいた。
「かわいそうな姉さま。イーディスどんなことだってできちゃうよ。その身体じゃあ簡単には死ねないから、痛いのは終わらない。いつまで他人を想っていられるかな」
「私は……罪を抱えている……あなたに断罪されるというのなら……満足よ」
骨がきしむような音がした。
「あぁっ……」
イーディスはミラの胸ぐらを掴んだ。暗い眼を向けて、吐き捨てた。
「苦しい、苦しいんだね、なら、無理なんてしなくていいのにっ」
その華奢な細腕で、ミラの腹部を思いっきり殴りつける。それを受けたミラは、巨人に吊るされたまま、薄く笑みを浮かべていた。
「なにがおかしいの、なんで笑っていられるの!」
消え入りそうな声で、ミラは言った。
「おかしくなんてない……ただ……嬉しくて」
「嬉しい? 現実逃避のつもり。それとも、本格的に頭がおかしくなっちゃったの? かしこいだけが取り柄だったのに!」
イーディスはさらに続けてミラを殴りつけた。
嗚咽。苦しそうな吐息を漏らすが、それでもミラは笑っている。
どれだけ暴行を加えられようとも、どこか満足げな表情でイーディスを見つめている。
「このっ――」
イーディスは顔面を狙うように拳を振り上げた。
ミラは言った。
「もう一度触れ合えるなんて……思わなかったから……」
ぴた、と拳が止まる。
「なにを」
イーディスの顔に困惑が浮かぶ。口元も目元も歪ませて、苦しんでいるようにも見える。
「イーディス」
ミラは笑っていた。敵意のない、あの子供たちへ向けるのと同じ、微笑み。
「生きていてくれて、本当によかった」
イーディスの表情がさらに歪んだ。口元を固く結んで、かろうじて威厳を保とうとしているように見える。今にも泣き出してしまいそうな、そんな顔だ。
「私にはそれだけでいいの。それだけで十分。他にはなにもいらない。もしあなたが望むのなら、ここで死んだって構わない。それほどのことをしてしまったのだから」
ミラは続けた。
「満足したらみんなのところに行ってあげて。ネアには伝えてあるから、なにも心配しなくていいのよ。もちろんナタリーも一緒に。呪縛や束縛から逃れて、あなたは、あなたらしく生きればいい」
イーディスはうつむき加減で肩を震わせていた。時折小さな声が漏れるが、言葉にはならない。ミラはその姿を、ただただ見つめていた。
やがて、顔を上げずにイーディスは言った。
「この期に及んで、なんでそんな事言うの。違うよ、そんなんじゃないよ……命乞いしてよ……!! 死にたくないって、言ってよ……!」
「私には自分の気持ちなんてわからない。本当は死にたくないのかもしれない、でも、そんなことはどうでもいい、あなたの気が晴れるのなら、それを優先するべきだと思うから」
「そんなの間違ってる! 姉さまだけじゃない、ナタリーや、ネア姉さま、他の子供達、それに無関係のお兄さんまで巻き込んで、そんな、そんな悪いやつなんだよ、イーディスを許せるわけないんだよ!」
巨人の手から力が抜ける。するりと身体が落ちていき、ミラは地面に降り立った。そのままゆっくりと歩を進め、イーディスの元へと歩み寄った。
ミラは腕を広げ、その目線にまでしゃがんで、黙ってイーディスを抱き寄せた。両腕で包みこんで、落ち着いた手つきで背中を撫でた。
「この……この……」とかすれ声が聞こえるが、それだけだ。その腕から抜け出そうとはしない。抱き寄せ、耳に口元を寄せて、ミラは言った。
「私は、あなたの罪を許しましょう」
「なんで、そんなこと……」
「家族ですもの」




