第16話 私の前で、誰も死なせない
銀色の腕の中で、ナタリーが叫んだ。
「離しなさい! こんなことをして許されないわよ! 悪いやつはわたしが…………」
暴れるナタリーの額に、イーディスは黒い石をかざした。黒色の光がまたたいて、ナタリーは眠りに落ちるように静かになった。
「それが嫌だったら、イーディスにそうしたように、この子を見殺しにするの。そしたら、ケブラを解呪してあげる。そうして心を入れ替えてくれたら、もう二度とこんなことはしないって約束するよ」
「ナタリーを……返して……もらう……!」
ミラはその場を飛び退き、距離をおいて腰のポーチに手を突っ込んだ。鷲掴みにした無骨な白い石を、左手が取り込んだ。
「イーディス! 離れていなさい……!!」
掲げた銀椀が、白銀の光を放つ。分裂、無数の剣が空に舞う。そして収束、ビルをも超すほどの巨大な光の剣となる。
ベンバドルは目元を覆いながら叫んだ。
「お、おい、そんなもんで攻撃したらナタリーが!」
「奴だけを叩き切るなど造作もない!」
イーディスは「さっすが姉さま」と、端に歩いていった。
ミラは剣を振り下ろした。
「子供たちだけにはああ!」
光が銀色へと達する直前、ナタリーだけが膜のようなものに包まれた。そして、刃は敵の頭頂部に触れ、その瞬間に消失した。霧散してしまった。敵ではなく、ミラの攻撃が。
「そんな、なぜ」
閃光は消え路地に静寂が戻る。銀色のもとに駆け寄ったイーディスは、軽快にハイタッチをしている。立ち尽くすミラのもとに銀色の腕が伸びてきて腹部を殴打、背中から地面に叩きつけられた。
ベンバドルは息を殺してライフルを構えた。イーディスの頭部を狙おうとして、ミラが力なく手を伸ばした。「やめて……イーディスを殺さないで……!!」
トリガーにかかった指が硬直する。懇願を無視すればミラはどうなる。
「場所は追って連絡する。じゃあね、ミラ姉さま。もう会わないと嬉しいな」
そんなことを考えている場合か。お前が死ぬぞ、ベンバドル。ミラなんて関係ない。あいつを、あのガキを殺せば、人を殺せば生きられる。
イーディスは、くるりと回ってベンバドルの方を向いた。
「こんなときでも優しいお兄さんは好きだよ。ばいばい」
イーディスは軽く手を振ると、銀色に抱えられて屋根伝いに去っていった。
結局、指は引き金にかかったまま。
馬鹿野郎。
銀色の瞳が黒い空を映している。薄汚れた顔、投げ出された手足、胸元がはだけていようとも気にする素振りすら見せない。
遠巻きに見守る子どもたちは、気を使っているのか誰も声をかけられない。
ベンバドルは中腰になって、仰向けに倒れるミラに手を差し出した。
「こんなところで寝てたら、馬に糞ぶっかけられるぞ」
「イーディスは、心の優しい子だった。たとえ誰にも愛されなくても、どれだけ敵意を向けられようとも、他人を愛することのできる、気高い女の子だった」
「……それがどうしたんだよ。ガキなんて一週間も目を離せば別人だぜ」
「別人にしてしまった。私が、あの子を変えてしまった。あんなに優しい子だったのに」
私が悪い。自分が悪い。こういう奴はみんな同じことを言う。そういうのは嫌いだ。世の不幸は全部自分のせいだって、そうやって決めつけて、楽しようとしてやがる。
そんなに単純であるはずがないのに。
「じゃあどうするんだ。ナタリーが攫われたのも、全部お前のせいか。だったら、どうするんだよ、お前はこれからどうするんだよ、答えろ」
ミラは黙り込んだ。固く口を結んで空を見つめている。月がなく今にも落ちてきそうな、厚い雲に覆われた空を。
「俺はあいつを殺しに行くぞ。付き合えねえってんなら、担いででも連れて行く。だいたい取引に乗っかったとしても、呪いが解かれる保証がどこにある。みんなまとめてお陀仏なんてごめんだぜ。どうやるかって? 簡単だよ、飯でも食ってるときに、頭をズドンだ」
ベンバドルは自分のこめかみに、銃身を模した指を突きつけてみせた。
銀色の瞳がギロりとベンバドルに向いた。
「そんなことはさせない……イーディスは……妹よ、あなたにとっては他人でも私には違う……!」
「だったら、どうにかしてくれよ。お前は姉貴なんだろ。やってみせろよ、そんなこともできねえのか」
ベンバドルが差し出していた手を、ミラは払い除けた。膝に手を当て、今にも倒れそうになりながらも起き上がる。荒い呼吸を整えて睨むような目になった。
「侮らないで。誰が諦めると言ったの。助けに行く、ナタリーも、イーディスも。余計な手出しをしようとしてみなさい、先にあなたを殺してあげる」
だから、とミラは続けた。
「私の前で、誰も死なせはしない。あなたでさえも」
ベンバドルは肩をすくめた。
「自分も勘定に入れておけよ。お前ってやつはどうにも危なっかしい」
ミラは無言で背を向け、子どもたちの方に歩いていった。
やれやれ、と首を振る。扱いづらいが嘆いているだけのお嬢様でもないだけマシか、とベンバドルは思った。




