第15話 白い石と、さらわれた少女
「てめえは……恩を仇で返された気分だぜ」
「だから言ったじゃない、アルケミアには関わるなって。あ、そうそう、動かないほうがいいよ、死んじゃうから」
ベンバドルはそっと拳銃に手を掛ける。悪夢をこいつが操っているんだとしたら――手元に衝撃。拳銃はバラバラになって、遥か後方へと吹き飛んでいった。
「人のものを壊すなって、お姉様に教えてもらわなかったのかよ」
イーディスは作ったような笑顔を見せてから、ミラへと視線を戻した。
ミラは顔を上げようともせず、ぼそぼそと低い声を漏らした。
「生きていたのね……イーディス……あなたとこんな形で再会するとは……思わなかったわ……」
「残念だね。廃棄しようとした出来損ないのホムンクルスは、まだ息してる。そんな顔しないでよ、みんなを見捨てて、逃げて、自分たちだけが幸せなら、それでよかったんでしょ?」
「……私は……私には万人の救済など……」
イーディスはくつくつと笑い、やがて高く声を上げた。
「いいんだよ、それでいいんだよ姉さま、大いなる目的のためならば、どんな犠牲も許容する。たとえ国が滅んだとしても、臣民が苦痛と絶望の末に死に絶えたとしても、構わない。なにも顧みず、倫理など無視して、全なる一に触れようとする、それがアルケミストだもん、それが長たる姉さまの使命だもん」
イーディスはミラの元に歩み寄って、見下ろした。
「だからただのコピーなんて見捨てて当然、そうでしょ? イーディスにはわかるよ、ミラ姉さまは正しいんだ。だけど」
ミラは下を向いたまま動こうともしない。
「あらゆるものを犠牲にしてきたくせに、今の姉さまはてんで腑抜けている。一途に真理を探求しようという気がない。家族ごっこは楽しかった? 楽しかったよね、そうすれば自分の無能さを忘れられたもんね。諦めることになっても、今が幸せならそれでいいやって、そうやって自分を納得させてきたんだもん。そんなの、絶対に許さない」
「私が憎いのね……だからケブラの呪いを……死んで償えと……」
「そうだよ。けど、イーディスは慈悲深いから、姉さまにチャンスをあげる。アルケミストに戻るチャンスを」
イーディスは指を鳴らした。すると、後方に控えていた悪夢の身体がぐにゃりと溶けて、瞬きする間に異なる姿へと変貌を遂げた。
それは人の形をしていた。表面が銀色に輝いていて、身体に凹凸が存在しない。顔はなく、光沢に白炎を映している。
それは、金属。
人型の、銀色をした、なにか。
「予定通り、お友達をご招待してあげて」
イーディスがそう指示を出すと、銀色は浸透するように地面に沈んでいった。
突然、イグネアがうめき声を漏らした。
「うっ……これは……火が破られる……」
顔を上げミラは叫んだ。
「みんなッ!」
「ちぃっ」
ライフルを構えたベンバドルは、一目散に孤児院を目指した。ミラも続こうとしていたが、イーディスの投げつけた黒い石が斥力を生み、その身体を地面に押し付けた。
「姉さまはダメ」
「ぐぅ……」
ベンバドルは孤児院に突入。廊下を駆け抜け裏庭に飛び出した。
「お前ら無事かっ!」
子供たちは一箇所に集まっていた。各々が箒や木材などを構えて銀色と相対している。
「それ以上お近づきになると、私がただじゃおきませんわ……!」「べ、ベンバドルさん……うぅ……」「な、なんだ、あれ」「こないで……」「…………」
「みんな大丈夫よ! わたしが守るから!」
先頭に立って腕を広げていたナタリーに、銀色は手を伸ばした。
「てめえ……!」
ベンバドルは銀色の頭部を狙い、引き金を引いた。
だが、身体に触れた瞬間に銃弾は勢いを失い垂直に落下した。連射しても変わらず、傷一つ与えられていなかった。
「あ、こら、なにするの! やめなさい!」
銀色の腕が変形しナタリーの身体に巻き付く。子供たちは手にした武器で敵を殴打するが、微動だにしない。ベンバドルもライフルを捨てて刀で切りかかった。
直撃するが手応えがない。鋼鉄に刃を当てているような、そんな感覚。
腹部に鈍い痛み。銀色の腕がベンバドルを吹き飛ばした。地面に叩きつけられる。
「っまちやがれ……」
銀色はナタリーを連れて孤児院の中へと消えていった。
ベンバドルは腹部を抑え、前のめりにその後を追った。
路地に戻ると、周囲を燃やしていた白炎は鎮火していた。
這いずるミラを見下ろしイーディスは言った。
「我々の秘宝“白い石”。この子と、それを交換こしよう。そしたら、イーディスが使命を引き継ぐ代わりに、この子を返してあげる。その後は好きにすればいい、また幸せに暮らしても、もう文句は言わないよ。とはいっても、あと五日でどっちみち死んじゃうんだけどね」




