第14話 また会ったね、優しいお兄さん
炎に包まれた貧民窟に入り、逆流してくる住人をかき分けて路地を進んだ。
ベンバドルは、息を切らしながら走る浮浪者の腕を掴んだ。
「おい! ガキ共の集団を見なかったか!?」
浮浪者は気の抜けた顔をふるふると振った。視線をさまよわせ、汗まみれの腕を引っこ抜いて、逃げるように去っていった。
「くそがっ、あいつらきっと逃げ遅れたんだ、どこにもいねえ!」
ミラは道のど真ん中で足を止めて、真っ青な顔で振り向いた。
「助けを待ってる。行かなくてはならない、あなたの首を落としてでも」
「そんなことしてる暇あったら足動かせ、いくぞっ」
腹の底に響くような破裂音。巨大な火柱が上がり熱波が吹き荒れた。
瞬く間に炎は燃え広がり、路地は火の海になった。
悲鳴が上がる。残っていた誰もが我先にと退いていく。
先行していたベンバドルを追い越して、ミラが左腕を振るうと炎の壁に穴が空いた。姿勢を低くして、その中へ突っ込んだ。
「くそっ、身体ん中焼けちまうぜ」
「……待ってて、今行くから、必ず無事でいて」
バチバチと音を立てて、火の粉が弾ける。廃材を利用して組み立てられた粗末な家、レンガ造りの一戸建て、木造の長屋、なにもかもが焼け落ちていた。
「おい、気づいたか」
前を走るミラに声を掛けるが返事はない。
「生き物の死体がない。人も動物も逃げ遅れたやつはいねえみたいだ」
見えるのは残骸ばかりで、亡骸、声、生物の焼けた臭い、そういった死の痕跡は確かめられなかった。
「おかしいと思わねえか? 俺の経験上、こういうときはたいてい――」
違和感の裏には糸を引いているやつがいる、そう言おうとした矢先にミラは足を止めた。
視線の先に、焼けずにいた孤児院と、あの業火の悪夢の姿があった。
悪夢は掴んでいた人――イグネアを投げ飛ばし、地面に叩き付けた。
「ネアっ!」
傷だらけのイグネアはよろよろと立ち上がり、悪夢に向かって左腕を伸ばす。手のひらに収束する光。顔を上げ、おぼつかない足取りで悪夢ににじり寄る。
「お前は……お前は、わたしが、倒す、ミラクリス様のために……!」
赤熱し燃え上がった左腕を、イグネアは振り上げた。
「やめなさい! 力を使いすぎてはいけないッ!」
イグネアは腕を悪夢に叩きつけ――届かない。透明の盾が展開されているかのように、触れた瞬間に衝撃が消えた。
悪夢はイグネアの腹部を目掛けて拳を突き上げた。直撃を受け、血反吐を撒き散らしながら身体は宙を舞った。
ミラは駆け出し、地面に落ちる寸前にイグネアを抱え込んだ。
「ミラ……さま……子供たちは……裏庭に避難を……」
「わかった。あなたは休んでいて」
短く返事をしてミラは後方に飛んだ。
ベンバドルは背中の巨銃を下ろした。岩のように重いレバーをコッキングし、一発限りの弾丸を薬室に送り込む。照準の中心に悪夢を捉える。胴体、白炎を狙う。敵はなにをするでもなく佇んでいる。舐めやがって。
「余裕ぶっこいてんじゃねえ!」
誤差を修正、弾道を計算――ほとんど山勘でトリガーを引いた。
轟音。大気が震え、巨大な銃口が火を吹いた。
反動でベンバドルは大きく仰け反る。銃身がひしゃげてあらぬ方向を向いている。だが、弾は放たれた。発射された巨大な鉄塊は悪夢を貫く――はずだった。
「……そりゃないぜ」
ぐにゃりと空間が歪んで、砲弾は身体に吸い込まれていった。
「ごめんねお兄さん。普通の攻撃は、この子には効かないんだ」
聞き覚えのある声が、空間に反響した。
その瞬間、周辺の炎が一瞬のうちに火勢を増し、白く燃え上がる炎へと変化した。路地全体から白炎が噴出し、轟々と音を立て火柱が空まで昇っている。
中心の影が二つに増えていた。ひとつは大きく、ひとつは小さい。あれは悪夢、あれは子供。
悪夢の子供。違う、そうではない。人間だ。ボロ布を纏った灰色の髪の少女。銀と黒の瞳が笑っている。悪夢を従えて裸足で立っている。
少女が指を弾くと、パチンという音が響き渡った。
「ミラクリス姉さまに、プレゼント」
瞬間、少女の手元より物体が、ミラ目掛けて発射された。
ミラがそれを左腕で弾くと、甲高い音を鳴らして地面に転がった。
「これは……」
ミラはしゃがんで、残骸に手を伸ばした。銀色の外装に赤い宝石、髪飾りのようだった。
「あの子の……まさか……」
灰髪の少女が口を開く。
「お久しぶりミラクリス姉さま、違うや、今はミラ姉さまか、ま、どっちでもいいや」
ミラを見下ろして、少女は笑顔になった。
「イグネア姉さまも、お久しぶり。とっても幸せそうで、イーディス嬉しいな」
少女――イーディスはベンバドルに視線を移した。
「また会ったね。優しいお兄さん」




