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水銀の錬金術師と、姉を殺しにきた妹  作者: 光
第二章 水銀の悪意

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第14話 また会ったね、優しいお兄さん

 炎に包まれた貧民窟に入り、逆流してくる住人をかき分けて路地を進んだ。


 ベンバドルは、息を切らしながら走る浮浪者の腕を掴んだ。


「おい! ガキ共の集団を見なかったか!?」


 浮浪者は気の抜けた顔をふるふると振った。視線をさまよわせ、汗まみれの腕を引っこ抜いて、逃げるように去っていった。


「くそがっ、あいつらきっと逃げ遅れたんだ、どこにもいねえ!」


 ミラは道のど真ん中で足を止めて、真っ青な顔で振り向いた。


「助けを待ってる。行かなくてはならない、あなたの首を落としてでも」


「そんなことしてる暇あったら足動かせ、いくぞっ」


 腹の底に響くような破裂音。巨大な火柱が上がり熱波が吹き荒れた。


 瞬く間に炎は燃え広がり、路地は火の海になった。


 悲鳴が上がる。残っていた誰もが我先にと退いていく。


 先行していたベンバドルを追い越して、ミラが左腕を振るうと炎の壁に穴が空いた。姿勢を低くして、その中へ突っ込んだ。


「くそっ、身体ん中焼けちまうぜ」


「……待ってて、今行くから、必ず無事でいて」


 バチバチと音を立てて、火の粉が弾ける。廃材を利用して組み立てられた粗末な家、レンガ造りの一戸建て、木造の長屋、なにもかもが焼け落ちていた。


「おい、気づいたか」


 前を走るミラに声を掛けるが返事はない。


「生き物の死体がない。人も動物も逃げ遅れたやつはいねえみたいだ」


 見えるのは残骸ばかりで、亡骸、声、生物の焼けた臭い、そういった死の痕跡は確かめられなかった。


「おかしいと思わねえか? 俺の経験上、こういうときはたいてい――」


 違和感の裏には糸を引いているやつがいる、そう言おうとした矢先にミラは足を止めた。


 視線の先に、焼けずにいた孤児院と、あの業火の悪夢の姿があった。


 悪夢は掴んでいた人――イグネアを投げ飛ばし、地面に叩き付けた。


「ネアっ!」


 傷だらけのイグネアはよろよろと立ち上がり、悪夢に向かって左腕を伸ばす。手のひらに収束する光。顔を上げ、おぼつかない足取りで悪夢ににじり寄る。


「お前は……お前は、わたしが、倒す、ミラクリス様のために……!」


 赤熱し燃え上がった左腕を、イグネアは振り上げた。


「やめなさい! 力を使いすぎてはいけないッ!」


 イグネアは腕を悪夢に叩きつけ――届かない。透明の盾が展開されているかのように、触れた瞬間に衝撃が消えた。


 悪夢はイグネアの腹部を目掛けて拳を突き上げた。直撃を受け、血反吐を撒き散らしながら身体は宙を舞った。


 ミラは駆け出し、地面に落ちる寸前にイグネアを抱え込んだ。


「ミラ……さま……子供たちは……裏庭に避難を……」


「わかった。あなたは休んでいて」


 短く返事をしてミラは後方に飛んだ。


 ベンバドルは背中の巨銃を下ろした。岩のように重いレバーをコッキングし、一発限りの弾丸を薬室に送り込む。照準の中心に悪夢を捉える。胴体、白炎を狙う。敵はなにをするでもなく佇んでいる。舐めやがって。


「余裕ぶっこいてんじゃねえ!」


 誤差を修正、弾道を計算――ほとんど山勘でトリガーを引いた。


 轟音。大気が震え、巨大な銃口が火を吹いた。


 反動でベンバドルは大きく仰け反る。銃身がひしゃげてあらぬ方向を向いている。だが、弾は放たれた。発射された巨大な鉄塊は悪夢を貫く――はずだった。


「……そりゃないぜ」


 ぐにゃりと空間が歪んで、砲弾は身体に吸い込まれていった。


「ごめんねお兄さん。普通の攻撃は、この子には効かないんだ」


 聞き覚えのある声が、空間に反響した。


 その瞬間、周辺の炎が一瞬のうちに火勢を増し、白く燃え上がる炎へと変化した。路地全体から白炎が噴出し、轟々と音を立て火柱が空まで昇っている。


 中心の影が二つに増えていた。ひとつは大きく、ひとつは小さい。あれは悪夢、あれは子供。


 悪夢の子供。違う、そうではない。人間だ。ボロ布を纏った灰色の髪の少女。銀と黒の瞳が笑っている。悪夢を従えて裸足で立っている。


 少女が指を弾くと、パチンという音が響き渡った。


「ミラクリス姉さまに、プレゼント」


 瞬間、少女の手元より物体が、ミラ目掛けて発射された。


 ミラがそれを左腕で弾くと、甲高い音を鳴らして地面に転がった。


「これは……」


 ミラはしゃがんで、残骸に手を伸ばした。銀色の外装に赤い宝石、髪飾りのようだった。


「あの子の……まさか……」


 灰髪の少女が口を開く。


「お久しぶりミラクリス姉さま、違うや、今はミラ姉さまか、ま、どっちでもいいや」


 ミラを見下ろして、少女は笑顔になった。


「イグネア姉さまも、お久しぶり。とっても幸せそうで、イーディス嬉しいな」


 少女――イーディスはベンバドルに視線を移した。


「また会ったね。優しいお兄さん」


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