第10話 ナタリーには死んでもらう
ため息を堪えて、対岸に目を戻す。
大人ぶったアランは少し離れた岩の上で本を広げ、他の三人は泥で像を作っている。見事な龍。アルケミアの力は使っていないはずなのに、背丈を超える泥人形を作り上げている。わーわーキャーキャーとうるさくて、こちらまで聞こえてくる。
「お気楽な子たち」
イーディスは投げ出していた素足を、水面上でぶらぶらと揺らした。
水面に白い雲が写っている。この街では珍しい快晴の空だ。故郷、グリムでは当たり前だった空も、ところ変われば貴重なものになる。興味深い。
退屈に眺めていると、ふと背後から声をかけられた。
ねえさまは「『私』は赤い石を見いだせていない」と言った。
「だろうね。あんなもの、実在すら怪しいんだから。白い石は手元にありそうだけど、ま、恐れるに足らないってやつだよね。創造には便利でも、水銀のねえさまを傷つけるのは不可能。だって、水銀は水銀なんだから」
ロリーナの投げた泥団子が、アランに直撃した。ぽとっと、本が落ちた。
「金は生み出せないよ、あんな出来損ないの白い石じゃ。ミラ姉さまの実力だと、いくら頑張ってもこんなものくらい」
手の中にあるのは、白い石によって錬成された髪飾り。偽りの優しさ、その象徴。
捨てずに持ち続けているのは、姉さまに、ふさわしい形でお返ししてさしあげるためだ。
「水銀の姉さまじゃ、水銀のねえさまは倒せない。黄金の短剣をお持ちになられていたら、わからなかったけどね」
傍らに置いた真っ赤な包みに視線を向けた。表面に触れようとすると、鳥肌が立って、無意識に手を引っ込めてしまった。
贋作であるこの身体にも、黄金の短剣は猛毒だ。ミラ姉さまが触れたら、どうなってしまうことか。
「出来ればこれは使いたくないけど――あ、怒った」
叫んだアランが、地団駄を踏んだ。ロリーナに怒鳴っている。それにナタリーも巻き込まれている。
アランがポケットから石ころサイズの黒い石を取り出した。
「あんなものどこから、姉さまの私物をくすねたのかな」
ヤンを避けたアランは、その黒い石を龍の中にねじ込んだ。
石に封じられたアルケミアの力によって龍が動き出した。ヤンが驚いてずっこける。アランは我に返って、あたふたしている。ロリーナは標的にされて「死にたくねえですわ!」と叫びながら逃げ回っている。なぜか自分から正面に回ったナタリーは笑いながら一緒に逃げている。
龍は咆哮するように頭を動かした。声帯は無いから声は出ないけど。周りの泥が集まっていき、翼を形成する。飛び立つと、今度は無差別に子供たちを襲い始めた。
隅っこで震えていたヤンに襲いかかる。鋭い牙が向けられて、寸前のところでナタリーが彼を抱えて跳んだ。アランは黒い石を投げつけているが、でたらめなもので効果は見えない。ロリーナは相変わらず叫んで逃げ回っている。
「まったく、背伸びしようとするから。もう、姉さまを呼ばれたら厄介じゃない」
背後に控えるそれに声を掛けた。
「ちょっとお仕事頼んでいい? うん、そう、バレないように石だけを砕いてね。よろしく」
背後の気配が消えたかと思うと、空間を切り裂くような鋭い風が吹き抜けていった。
ほどなくして龍は力を失い、川へと落下していった。
アランは平謝りだ。ヤンとロリーナはカンカンに怒っている。このことはお姉様に報告させていただきますわ、それが嫌だったら、とかなんとか。ナタリーは相変わらず笑顔で、喧嘩を仲裁しようとしていた。
最終的に裏取引が成立、おやつと引き換えに今回の一件は闇に葬られることが決定したようだ。
「賄賂に隠蔽、アルケミストの素質バッチリ。姉さまが知ったらどんな顔するのかな」
想像してつい笑ってしまう。あの人なら、怒りを表には出さず十二時間くらいみっちり規律というものを叩き込むのだと思う。人間性とはなにか、だとか言ってね。
そうやって笑い声を漏らしてしまって、自分で気づく。ずしんと重いものが胸にのしかかる。なにやってるのイーディス……姉さまは敵なんだよ。人間性に欠けるあの人を殺すんだ。笑ってる場合じゃない、笑ってなんかいられない。
「準備は終わってる。あとは姉さま次第」
対岸を見て、つぶやいた。わざわざ確かめに来ることもなかった。誰なのかは決まっている。
「……ナタリー、あなたには死んでもらうことになる」




