第9章 仕事の壁
月曜の朝、会社に入った瞬間から空気が重かった。
営業部のミーティングルームで、部長が厳しい顔で資料を広げている。
先週遥香と会った影響で少しぼーっとしていた私は、遅れて席に着いた。
「山田、昨日のクライアントからの返事見たか?」
部長の声が低く響く。
資料を見た瞬間、胃が重くなった。
A社から来ていたメール。
「提案内容は面白いが、予算とスケジュールが全く合わない。もう少し現実的なプランを再提出してほしい」
つまり……大幅な修正を求められている。
「これは……結構厳しいな」
隣に座っていた佐々木が肩を落とす。
この案件は私がメインで担当している。悠真の記憶では、これまでほとんど失敗したことがない大型プロジェクトだった。失敗すれば、チーム全体の評価に響く。
午前中いっぱい、チームで対策会議を開いた。
高橋美咲も必死にアイデアを出してくれている。
「山田さん、ターゲットの年齢層をもう少し広げて、コストを抑える方向で……」
「そうだな。でもクリエイティブの質は落としたくない」
私は悠真の知識と愛子の柔軟な発想を組み合わせながら意見を出す。
でも、頭の中はまだ週末の遥香の言葉でいっぱいだった。
(集中しろ、私……)
昼休みも取らずに作業を続け、夕方5時を過ぎても進捗は芳しくなかった。
「山田さん……大丈夫ですか?」
美咲が心配そうに声をかけてきた。
彼女の目を見ると、胸が少し苦しくなる。遥香の顔と重なってしまいそうになる。
「少し疲れてるだけだ。ありがとう、高橋くん」
夜8時を回った頃、ようやく一区切りがついた。
オフィスに残っているのは私と美咲だけになっていた。
「山田さん、今日はもう帰りましょう。無理しすぎるとまた倒れますよ」
美咲が私のデスクに温かい缶コーヒーを置いてくれた。
「……悪いな。いつも助かってる」
「いいえ。私は山田さんの部下ですから」
彼女の言葉が優しすぎて、なんだか申し訳なくなる。
帰り道、駅までの道を二人で歩いた。
「山田さん、最近なんか悩んでますよね?」
突然の質問に足が止まった。
「え……?」
「事故の後から、時々遠くを見てるような顔をされます。もしよかったら、話聞きますよ」
美咲の真っ直ぐな視線に、私は言葉を詰まらせた。
本当のことは言えない。
私が元女子高生で、この体が男で、元カノと再会して気持ちが乱れているなんて。
「……ありがとう。でも大丈夫。ちょっと色々考え事があるだけだ」
「そうですか……」
美咲は少し寂しそうな笑顔を浮かべた。
マンションに帰宅した私は、ソファに深く腰を下ろした。
今日も仕事は上手くいっていない。
人間関係も、気持ちも、全部が絡まっている。
「この体、男子ですけど何か?
今日は、仕事の壁にぶつかって、改めて自分の未熟さを知りました……」
ベッドに入りながら、私は小さく呟いた。
まだまだ、この人生は簡単じゃない。




