第8章 元カノ、再び
日曜の午後、街は穏やかな休日モードだった。
私は近所の大型書店に立ち寄っていた。悠真の記憶では、よくここでビジネス書や小説を買っていたらしい。愛子だった頃は漫画コーナーばかりだったけど、今は自然と実用書コーナーに足が向く。
一冊の本を手にとってパラパラとめくっていると、後ろから声がかけられた。
「……悠真?」
聞き覚えのある、柔らかい女性の声。
振り向いた瞬間、息が止まった。
長い黒髪を肩の上で揃えた、整った顔立ちの女性。
清楚で、でもどこか儚げな雰囲気。山田悠真の元カノ——**藤崎遥香**だった。
「遥香……」
名前が自然に出た。悠真の記憶が強く反応したからだ。
遥香は少し驚いた顔でこちらを見つめている。
「久しぶり。事故で入院したって聞いたけど……もう大丈夫なの?」
「うん、もう普通に働いてる。心配かけてごめん」
彼女とは半年前に別れたらしい。原因は悠真の仕事の忙しさと、価値観のすれ違い。別れ方は穏やかだったが、遥香はかなり傷ついていた記憶がある。
「顔色いいね。むしろ……前より優しい雰囲気になった?」
遥香は小さく微笑んだ。その笑顔に、胸がざわついた。
愛子としての私は「綺麗な人……」と思った。
でも男としての私は、彼女の瞳の奥にある感情を敏感に感じ取ってしまう。未練、戸惑い、そして少しの安堵。
「ちょっとカフェでも入らない? 時間ある?」
彼女の誘いに、私は頷いた。
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近くの落ち着いたカフェで、二人並んで窓際の席に座った。
遥香はカフェラテ、私はブラックコーヒーを注文した。
「別れてから、どうしてた?」
「普通に仕事して……悠真のことは、ニュースで事故を知ってすごく心配したよ。本当に大丈夫?」
彼女の声は優しい。でも、どこか距離を測っているような響きがあった。
私は悠真の記憶と自分の気持ちを混ぜながら話した。
仕事のこと、事故の時の混乱、少し変わった自分の感覚……もちろん本当のことは言えないけど。
遥香は話を聞きながら、時々目を細めて微笑む。
「なんか、悠真が変わった気がする。以前はもっと仕事のことしか話さなかったのに、今は……人の話をちゃんと聞いてくれる」
その言葉が、胸に刺さった。
(私、愛子の部分が表に出てるのかな……)
会話が途切れた瞬間、遥香が静かに言った。
「別れてから、ずっと後悔してた。もっと悠真のことを理解しようとすればよかったって」
「……遥香」
「今でも、たまに夢に見るよ。悠真のこと」
カフェのBGMがやけに大きく聞こえた。
私はどう答えていいかわからなかった。
元カノに対する悠真の感情と、女子高生である自分の戸惑いが混ざり合って、頭が混乱する。
「ごめん、急に変なこと言って。もう大丈夫だから」
遥香は無理に笑顔を作った。
別れ際、彼女は少し寂しそうに手を振った。
「また連絡してもいい?」
「……ああ、いいよ」
家に帰る電車の中で、窓に映る自分の顔を見つめる。
整ったイケメンの顔。
でも心の中はぐちゃぐちゃだ。
高橋美咲の笑顔と、遥香の瞳が交互に浮かぶ。
ベッドに横になりながら、ため息をついた。
「この体、男子ですけど何か?
今日は、元カノに再会して、気持ちがめちゃくちゃになりました……」
新しい人生は、思ったより複雑だ。




