第7章 初めての休日
土曜日の朝、9時半。
目覚ましをかけていなかった私は、久しぶりにゆっくりと目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光が、部屋を優しく照らしている。
「……今日は休みか」
ベッドの中で伸びをすると、広い肩と長い手足がシーツを大きくはねのけた。
この体は寝起きでも力強い。愛子の頃は「もうちょっと寝ていたい……」と布団に潜り込んでいたのに、今は自然と体が起き上がろうとする。
キッチンに行き、冷蔵庫を開ける。
中にはプロテイン、卵、野菜、鶏胸肉などが綺麗に整理されている。悠真はかなり健康志向だったらしい。
「とりあえず……朝ごはん作ってみようか」
愛子の頃は母親に任せきりで、簡単なトーストくらいしか作ったことがなかった。でも悠真の記憶が「炒め方」や「味付け」を教えてくれる。
フライパンに油を引いて、野菜と鶏肉を炒める。
塩コショウで味付けし、醤油を少し回し入れる。意外と上手くいった。
「うわ、美味しそう……」
自分で作った炒め物を白ご飯と一緒に食べながら、窓の外を眺める。
一人暮らしの朝は静かで、妙に大人っぽい。
食器を洗った後、洗濯機を回す。
男物の服は大きい。Tシャツ一枚でも愛子の頃の上着くらいのサイズがある。
洗濯物を干しながら、ふと思った。
(私、こんなことしてる……)
17歳の女子高生が、27歳男の部屋で洗濯物を干している。なんだか不思議すぎて笑いがこみ上げてきた。
午後になり、少し外に出ることにした。
近所のスーパーで食材を買う。
カゴを持つ腕が太いせいで、普通の買い物でもなんか様になっている自分が面白い。レジでは店員のおばさんに「かっこいいですね~」と笑顔で言われ、照れくさくなった。
帰宅後、ソファに座ってNetflixを開く。
海外ドラマを観ながら、ビールを軽く飲む。悠真の好みはIPAという苦めのビールらしい。最初は苦かったけど、だんだん味わいがわかるようになってきた。
でも、夕方5時を過ぎた頃、急に寂しさが襲ってきた。
部屋の中は静かすぎる。
家族の声も、母親が「愛子、夕飯よー!」と呼ぶ声もない。部活の友達とLINEで馬鹿話をする時間もない。
スマホで自分の(愛子の)SNSを検索してみた。
アカウントはすでに「故人」扱いになっていて、友達の投稿に「愛子ちゃん……」というコメントが並んでいる。
胸が締め付けられる。
「……お母さん、ごめんね」
涙がこみ上げてきた。男の体で泣くのも、なんだか変な感じがする。声が低くて、涙を拭う手が大きい。
夜になり、私はベランダに出て夜景を眺めた。
この広い部屋、この強い体、この自由。
得たものも、失ったものも、たくさんある。
「山田悠真として生きる……って、こういうことか」
まだ完全に受け入れられたわけじゃない。
でも、今日一日を過ごしてみて、少しだけ「この人生も悪くないかも」と思えた。
冷蔵庫からもう一本ビールを取り出して、プルタブを開ける。
「この体、男子ですけど何か?
今日は、初めての一人暮らしを、ちゃんと味わいました」
静かな夜が、更けていく。




