第6章 少し近づいた距離
月曜の午後、社内はいつもより少し慌ただしかった。
先週修正した提案書がクライアントから「もう少し調整してほしい」と返ってきて、再び忙しくなっていた。私はデスクで資料を睨みながら、ため息をついた。
「山田さん、お昼どうしますか?」
後ろから聞こえた声に振り向くと、高橋美咲が立っていた。
白いブラウスにネイビーのスカート、今日もきちんとしている。
「まだ済んでないんだけど……」
「私もです。もしよかったら、一緒に近所の定食屋さん行きませんか? 早めに済ませて午後から頑張りましょう」
その誘いに、少し心が動いた。
(……また二人きり?)
結局、私は頷いていた。
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近くの定食屋「はなまる亭」は、会社員で賑わっていた。
二人でカウンター席に座り、私は生姜焼き定食、美咲は鶏の唐揚げ定食を注文した。
「山田さん、最近本当に元気そうで安心しました。事故の直後は顔色も悪かったですし……」
「心配かけてごめん。高橋くんも忙しいのに、フォローありがとう」
美咲は少し照れたように笑った。
「山田さんが優しいから、みんな頑張れるんですよ」
会話は自然に仕事の話から、少しプライベートな話に移っていった。
「高橋くんは休みの日、何してるの?」
「私は……家でドラマ見たり、カフェ巡りしたりしてます。最近ハマってるのは韓国ドラマです。山田さんは?」
「俺はジムに行ったり、本読んだり……あとNetflixかな」
(本当は女子高生だった頃はTikTokとYouTubeがメインだったけど)
美咲の笑顔を見ていると、胸がざわつく。
彼女は本当に可愛い。笑うと目が細くなって、ちょっとえくぼができる。
でも、私は男の体だ。27歳の山田悠真として彼女と話している。
「山田さんって、すごく落ち着いてますよね。以前も尊敬してましたけど、事故の後……なんか、優しくなった気がします」
「そうか?」
「はい。なんだか親しみやすくなったというか……」
美咲は箸を止めて、少し頰を赤らめた。
その瞬間、空気が少し変わった気がした。
(待って、ちょっと待って。これは……)
愛子としての私は「え、脈あり!?」と浮かれそうになるけど、男としての私は「部下に変な期待をさせちゃダメだ」とブレーキをかけている。
昼食の後、オフィスに戻る道中も少し無言になった。
午後の仕事中も、時々美咲の視線を感じる。
残業が決まったとき、彼女がまた「今日も残ります」と言ってきたときは、正直嬉しさと罪悪感が混ざった。
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夜9時半。
ようやく仕事が一段落した。
「高橋くん、今日はもう帰ろう。送っていくよ」
「ありがとうございます……山田さん」
駅までの道を二人で歩く。
夜風が少し冷たい。
「山田さん」
「ん?」
「あの……もしよかったら、またこうしてお昼とか……行きませんか?」
美咲が上目遣いにこちらを見て言った。
心臓が大きく跳ねた。
「…………ああ、いいよ。気が向いたときに誘ってくれ」
言葉を選びながら答えた。
本当は「行きたい」と言いたかった。でも、まだ自分の立場がよくわかっていない。
マンションに帰ってから、ベッドに寝転がりながら天井を見つめる。
高橋美咲の笑顔が頭から離れない。
「この体、男子ですけど何か?
今日は、女の子の気持ちと男の子の気持ちがごっちゃになりました……」
少しずつ、この新しい人生が動き始めている。
でも、まだ私は完全に「山田悠真」にはなれていない。




