第5章 ジムにて
金曜の夜、22時過ぎ。
仕事から帰宅した私は、悠真の記憶に従ってスポーツバッグを手に家を出た。
目的地はマンションから徒歩7分の24時間フィットネスジム。
「行かなくちゃ……」
悠真は週4回通っていたらしい。行かないと体が重くなると記憶が訴えてくる。でも、正直かなり抵抗があった。
更衣室。
男の更衣室だ。
周りには筋肉質の男性たちが普通に着替えている。私は隅っこの方で、なるべく目を合わせないようにしながら服を脱いだ。
鏡に映る自分の姿を見て、改めて息を飲む。
広い肩、厚い胸板、割れた腹筋、引き締まった腰。
17歳の女子高生だった私が、今この体を自分のものとして動かしている。
「……やばい、恥ずかしい」
Tシャツと短パンに着替えてジムフロアに出ると、空調の冷えた空気と鉄の匂いがした。
BGMに混じって、ウエイトリフティングの金属音が響いている。
まずトレッドミルでウォーミングアップ。
設定した速度は時速8km。愛子の頃なら全力疾走レベルなのに、この体は余裕で走れる。
走りながら思う。
(軽い……この体、すごい)
汗が気持ちよく流れる。心拍数が上がっていく感覚が新鮮だ。女子高生の頃は部活で走るのも苦手だったのに、今は違う。体が「もっと動かせ」と欲しがっている。
次にフリーウェイトエリアへ移動。
悠真の記憶が自然にフォームを導いてくれる。ベンチプレス。
最初は軽めの重量から始めたが、徐々に重くしていく。
「うっ……!」
バーベルを押し上げる瞬間、胸と腕の筋肉が熱く張りつめる。
痛いのに、気持ちいい。不思議な感覚だ。
周りからチラチラと視線を感じる。
おそらく「いい体してるな」という好意的なものだと思う。でも私はその視線にまだ慣れない。
「山田さん、久しぶりですね」
突然声をかけられて振り向くと、ジムのトレーナーの男性だった。悠真とは顔見知りらしい。
「事故で少し休んでました。また本気で通います」
「そうですか。体、落ちてないですね。相変わらず素晴らしいです」
褒められて、複雑な気分になった。
褒められているのは「山田悠真の体」だ。
私自身が頑張ったわけじゃないのに。
1時間半ほどトレーニングを終え、汗だくでロッカールームに戻る。
シャワーを浴びている間、改めて自分の体を意識した。
男の体のライン。
筋肉の動き。体温の高さ。力の強さ。
そして、ふと気づいた。
(……なんか、嫌じゃなくなってきた)
最初は自分の体を見るのも恥ずかしかった。でも今は、少しずつこの体を「自分のもの」として受け入れ始めている自分がいる。
ジムを出て夜道を歩きながら、プロテイン入りのシェイカーを飲む。
風が冷たくて気持ちいい。
マンションに帰宅し、ベッドに横になる。
今日も疲れた。
でも、いい疲れ方だった。
「この体、男子ですけど何か?
今日は自分の体と、少しだけ仲良くなれた気がします」
まだまだ慣れないことは多い。
でも、ゆっくりでいい。
この新しい人生を、ちゃんと生きてみよう。




