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この体、男子ですけど何か?  作者: 蒼狐


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第47章 平日の手

火曜日の朝は、いつもより少し穏やかに始まった。


目覚ましの音で目を覚まし、カーテンを開ける。

薄い雲がかかった空の下、街がゆっくりと動き始めている。

昨夜の美咲との夕食の時間が、まだ体のどこかに残っていた。

手の温もり。

彼女が「これからもよろしくお願いします」と言ったときの小さな声。

改札の前で何度も振り返っていた後ろ姿。


キッチンでコーヒーを淹れながら、自然と口元が緩む。

スマホを確認すると、すでに美咲からメッセージが届いていた。


【美咲】

おはようございます。

昨日はありがとうございました。

とても楽しかったです。

今日も一日、頑張りましょう。


簡潔な文章なのに、なぜか胸が温かい。

私は「ああ、おはよう。こちらこそ」と返信してから、身支度を整えた。


---


会社に着くと、いつもの朝の喧騒が迎えてくれた。


「おはようございます、山田さん」


美咲の声が聞こえる。

いつもの丁寧な挨拶。

でも、目が合った瞬間、彼女の頰がほんのり赤くなったのがわかった。


「おはよう、美咲」


名前を呼び捨てにしたのは、もう自然なことになりつつある。

彼女は小さく頷いて、席に着いた。


午前中は会議が続いた。

新プロジェクトの進捗確認と、次の案件の方向性についての話し合い。

集中しているつもりでも、時々美咲の方に視線が向いてしまう。

彼女も同じように、資料をまとめながらちらちらとこちらを見ているのがわかった。


昼休み、彼女がデスクに近づいてきた。


「山田さん……お昼、一緒にどうですか?」


「ああ、行こう」


社食で向かい合って座る。

以前より会話が自然で、沈黙も苦しくない。

仕事の話を少ししたあと、週末の話になった。


「昨日の夕食、本当に楽しかったです」


「俺もだ。美咲と話すと、変に気負わなくていい」


彼女は俯きながら、小さく笑った。


午後も仕事は続いた。

終業時間近くになると、彼女が再び近づいてきた。


「今日も……駅まで一緒に帰りますか?」


「ああ」


夜のオフィス街を並んで歩く。

前回より、さらに距離が近い。

肩が触れそうになるほど近くて、でも触れない絶妙な間隔。


途中、信号待ちのとき、美咲が小さく手を伸ばしてきた。

私は自然と、その手を握り返した。


掌から伝わる温度が、平日の夜道にそっと溶けていく。


駅の改札前で、彼女は私の手を少しだけ強く握った。


「それでは……お疲れ様でした」


「ああ。気をつけて帰れよ」


美咲は何度も振り返りながら、改札を通っていった。


---


マンションに帰ると、いつもの静かな部屋が待っていた。


コートを脱ぎ、ソファに座り、ビールを一本開ける。

テレビをつけたが、画面はあまり見ていなかった。


頭の中では、美咲との平日の距離感がゆっくりと再生されている。

手をつないで帰るという行為が、少しずつ「日常」になり始めている。


テーブルの上のノートを開き、今日の日付を書いてから、短く記した。


『美咲との関係が、平日の中にもしっかり根を下ろし始めている。

手をつないで帰るのが、自然になってきた。

嬉しい。

このまま、焦らずに大切にしていこう。』


ペンを置き、天井を見上げる。


「この体、男子ですけど何か?

今日は、美咲との平日の距離が、また少しだけ近くなりました……」


私は深く息を吐き、静かに目を閉じた。


この新しい日常を、大切に育てていこう。


そう思えた、穏やかな夜だった。


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