第45章 少しだけ近い夜
月曜日の夜は、いつになく穏やかだった。
仕事が比較的早く終わり、オフィスを出たのは19時過ぎ。
美咲もほぼ同じタイミングで席を立ち、自然と二人でエレベーターに乗った。
「今日は早いですね」
美咲が少し嬉しそうに言った。
「ああ。珍しくスムーズだった」
夜のオフィス街を並んで歩く。
秋の風が少し強く、街路樹の葉がさらさらと音を立てている。
並ぶ距離は、以前よりさらに自然になっていた。
「山田さん」
「ん?」
「先日のカフェ……本当に来てくれてありがとうございました。
私の好きな場所に、山田さんがいてくれたのが、なんだかすごく嬉しくて」
その言葉に、胸の奥が温かくなる。
「俺もよかった。美咲の日常に少し触れられた気がした」
彼女は俯きながら、小さく笑った。
駅までの道のりは、いつもより短く感じた。
会話は途切れ途切れだったが、沈黙が苦しくない。
風が吹くたびに、彼女の髪が少し揺れる。
改札の前まで来たとき、美咲が立ち止まった。
「あの……山田さん」
「どうした?」
「今度の土曜日、もしよかったら……夕食とか、どうですか?
少しだけ、ゆっくり話したいなって思って」
私は少し考えてから、頷いた。
「いいよ。どこか希望あるか?」
「じゃあ……私が探してみますね」
「ああ。楽しみにしてる」
美咲は嬉しそうに何度も頷いたあと、少しだけ近づいてきた。
「それでは……今日はここで」
「気をつけて帰れよ」
彼女は改札を通る前に、一度だけ振り返った。
その瞳が、街灯の光に照らされて柔らかく見えた。
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マンションに帰ったのは、20時前だった。
部屋に入ると、いつもの静寂が迎えてくれる。
コートを脱ぎ、ソファに座り、ビールを一本開ける。
テーブルの上のノートを開き、今日の日付を書いてから、ゆっくりと記した。
『美咲との距離が、さらに自然になっている。
夜の帰り道が、特別な時間になり始めている。
次は夕食か。
少しずつ、恋人らしい時間が増えていくのがわかる。
嬉しい。
でも、焦らないようにしよう。』
ペンを置き、天井を見上げる。
美咲の「ゆっくり話したい」という言葉が、胸の奥に残っている。
彼女の純粋さと優しさが、この体で生きる自分を少しずつ肯定してくれている気がした。
ふと、遥香のことが頭をよぎった。
彼女からは、依然として連絡はない。
それがかえって、彼女の強さを感じさせる。
「……ありがとう」
小さく呟くと、自分の低い声が部屋に響いた。
私は深く息を吐き、静かに目を閉じた。
「この体、男子ですけど何か?
今日は、美咲との距離が、また少しだけ近くなりました……」
この新しい日常を、焦らずに育てていこう。
そう思えた、穏やかな夜だった。




