第43章 夜の帰り道
水曜日の夜は、いつになく静かだった。
仕事が比較的早く終わり、オフィスを出たのは19時少し前。
美咲もほぼ同時に席を立ち、自然と二人でエレベーターに乗った。
「今日は早いですね」
美咲が少し照れくさそうに言った。
「ああ。珍しくスムーズに進んだ」
夜のオフィス街は、まだ人通りが多い。
街灯の光がアスファルトを照らし、秋の風がコートの裾を軽く揺らす。
並んで歩く距離は、以前より明らかに近くなっていた。
「山田さん」
「ん?」
「最近……私、会社に来るのが前より楽しみなんです」
その言葉に、足が少しだけ緩んだ。
「仕事が?」
「もちろん仕事もありますけど……山田さんに会えるから、というのもあります」
美咲は俯きながら、小さく笑った。
その横顔が、街灯の光に柔らかく照らされている。
「俺もだ。美咲がいると、一日が少し違う」
彼女の肩が、わずかに揺れた。
駅までの道のりは、いつもより短く感じた。
会話は途切れ途切れだったが、沈黙が苦しくない。
風が吹くたびに、彼女の髪が少し揺れる。
改札の前まで来たとき、美咲が立ち止まった。
「あの……山田さん」
「どうした?」
「今度の土曜日、もしよかったら……私の家の近くのカフェに来てくれませんか?
前に話した、好きなところなんです」
私は少し考えてから、頷いた。
「いいよ。行きたい」
美咲の顔が、ぱっと明るくなった。
「本当ですか? よかった……」
彼女は嬉しそうに何度も頷き、それから少しだけ近づいてきた。
「それでは……今日はここで」
「ああ。気をつけて帰れよ」
美咲は小さく頭を下げ、改札を通っていった。
振り返るたびに手を振る姿が、いつものように目に残る。
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マンションに帰ったのは、20時前だった。
部屋に入ると、いつもの静寂が迎えてくれる。
コートを脱ぎ、ソファに座り、ビールを開けた。
テーブルの上のノートを開き、今日の日付を書いてから、ゆっくりと記した。
『美咲との距離が、さらに自然になっている。
夜の帰り道が、特別な時間になり始めている。
嬉しい。
でも、この関係を大切にしたいからこそ、焦らないようにしよう。』
ペンを置き、天井を見上げる。
美咲の「会社に来るのが楽しみ」という言葉が、胸の奥に残っている。
彼女の純粋さと優しさが、この体で生きる自分を少しずつ肯定してくれている気がした。
ふと、遥香のことが頭をよぎった。
彼女からは、依然として連絡はない。
それがかえって、彼女の強さと潔さを感じさせる。
「……ありがとう」
小さく呟くと、自分の低い声が部屋に響いた。
私は深く息を吐き、静かに目を閉じた。
「この体、男子ですけど何か?
今日は、美咲との夜の帰り道が、少しだけ特別に感じました……」
この新しい日常を、焦らずに育てていこう。
そう思えた、穏やかな夜だった。




