第37章 新しい距離
月曜日の朝は、いつもより少し早く目が覚めた。
カーテンを開けると、秋晴れの空が広がっている。
昨夜の公園での会話が、まだ頭の中に残っていた。
美咲に気持ちを伝えたこと。
彼女が涙を浮かべて微笑んだ顔。
自分の大きな手で、彼女の小さな手を包んだ感触。
キッチンでコーヒーを淹れながら、自然と口元が緩む。
嬉しい。
確かに、嬉しい。
でも同時に、遥香へのメッセージを送ったときの痛みも、まだ胸のどこかに残っている。
「……これでいいんだ」
小さく呟いて、コーヒーを一口飲んだ。
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会社に着くと、いつも通りの朝の喧騒が迎えてくれた。
「おはようございます、山田さん」
美咲の声が聞こえた。
いつもの丁寧な挨拶。
でも、目が合った瞬間、彼女の頰がほんのり赤くなったのがわかった。
「おはよう、美咲」
名前を呼び捨てにしたのは、意図的だった。
彼女は一瞬目を丸くしたあと、小さく頷いて席に着いた。
午前中の仕事は、比較的順調に進んだ。
新プロジェクトの後処理と、次の案件の準備。
集中しているつもりでも、時々美咲の方に視線が向いてしまう。
昼休み、彼女がデスクに近づいてきた。
「山田さん……お昼、一緒にどうですか?」
「ああ、行こう」
二人で社食に向かう。
これまでも一緒に食べることはあったが、今日は空気が少し違う。
会話は仕事の話から始まり、徐々に私的なものに移っていった。
「昨日の夜、よく眠れましたか?」
美咲が少し遠慮がちに聞いてきた。
「ああ。意外とすぐ眠れた。
美咲は?」
「私も……少し緊張してましたけど、嬉しくて」
彼女は下を向きながら、小さく笑った。
その笑顔が、妙に愛おしく感じられた。
午後も仕事は続いた。
終業時間近くになると、美咲が再び近づいてきた。
「あの……もしよかったら、今日も少しだけ……」
「駅まで一緒に帰るか?」
「はい」
夜のオフィス街を、二人で並んで歩く。
街灯の光が、アスファルトに長い影を落としている。
以前より、距離が近い。
肩が触れそうになるほど近くて、でも触れない絶妙な間隔。
「山田さん」
「ん?」
「私……これから、どうしたらいいですか?
会社では、今まで通りがいいですよね」
「ああ。まずは今まで通りでいい。
無理に特別なことをしなくていいから」
美咲は安心したように頷いた。
「はい。
でも……たまには、こうして一緒に帰ってもいいですか?」
「もちろん」
駅の改札の前で、彼女は小さく頭を下げた。
「それでは……お疲れ様でした」
「ああ。気をつけて帰れよ」
美咲は何度も振り返りながら、改札を通っていった。
その背中を見送りながら、私は静かに息を吐いた。
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マンションに帰ると、いつもの静寂が待っていた。
コートを脱ぎ、ソファに座る。
テーブルの上のノートを開き、今日の日付を書いてから、短く記した。
『美咲と、新しい距離が始まった。
嬉しい。
でも、遥香のことはまだ完全に整理できていない。
それでも、前に進む』
ペンを置き、天井を見上げる。
遥香から追加の連絡は来なかった。
それがかえって、彼女の強さを感じさせた。
私は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「この体、男子ですけど何か?
今日は、美咲との新しい関係が、静かに始まりました……」
まだぎこちなくて、少し不安で、でも確かに温かい。
この距離を、大切に育てていこう。
そう思えた夜だった。




