第36章 伝えるということ
午後2時少し前、私は公園の入り口に立っていた。
秋の陽射しが柔らかく、木々の葉が風に揺れている。
ベンチの方を見ると、美咲はすでに座って待っていた。
白いカーディガンに淡いベージュのスカート。
私の姿を見つけると、彼女は少し緊張したように立ち上がった。
「山田さん……」
「来てくれてありがとう」
並んでベンチに座り、しばらく無言で景色を眺めた。
子どもの笑い声や、遠くの犬の吠える声が、穏やかに響いている。
私は一度、深く息を吸った。
「美咲」
「はい」
「先日の告白、ちゃんと受け取った。
そして……俺も、お前のことが好きだ」
美咲の肩が、小さく揺れた。
彼女はゆっくりとこちらを見た。
目が、少し潤んでいる。
「……本当ですか?」
「ああ。本当だ」
私はベンチの背もたれに手を置き、できるだけ丁寧に言葉を選んだ。
「事故の後、俺はいろんなものを失って、いろんなものを得た。
その中で、お前はずっとそばにいてくれた。
仕事で追い詰められてるときも、迷ってるときも、お前の優しさが支えだった」
美咲は俯き、小さく頷いている。
「俺は、まだ完璧じゃない。
自分のことも、これから先のことも、全部整理しきれてるわけじゃない。
それでも……お前と一緒に、この先を歩いていきたい」
彼女の頰に、涙が一筋伝った。
「山田さん……」
「美咲」
「私……待ってました。
この言葉を」
美咲は涙を拭いながら、嬉しそうに、そして少し泣きそうに微笑んだ。
「私、山田さんのことが本当に好きです。
事故の後から、ずっと。
仕事も、人としても、全部含めて……山田さんの隣にいたいです」
その言葉が、胸の奥に温かく沈んでいく。
私は自然と、彼女の手に自分の手を重ねた。
男の大きな手で、彼女の小さな手を包む。
感触が、初めてのもののように新鮮だった。
「ありがとう。
これからも、よろしく」
美咲は小さく頷き、私の手を握り返してきた。
「こちらこそ……よろしくお願いします」
その後、しばらく二人でベンチに座っていた。
特別な会話は続かなかったけれど、沈黙が苦しくなかった。
風が吹き抜け、落ち葉が足元を転がっていく。
「山田さん」
「ん?」
「私、これからどうしたらいいですか?
会社では、今まで通りで……」
「ああ。まずは今まで通りでいい。
無理に急がなくていいから」
美咲は安心したように微笑んだ。
「はい」
公園を出るとき、彼女は少し照れくさそうに言った。
「あの……また、こうして会えますか?」
「もちろん。
次は、もう少しゆっくり話そう」
彼女は嬉しそうに何度も頷いた。
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マンションに帰ったのは、夕方近くだった。
ドアを閉め、コートを脱ぎ、ソファに深く沈み込む。
部屋は静かで、さっきまでの公園の空気がまだ残っている気がした。
テーブルの上のノートを開き、今日の日付を書いてから、短く記した。
『美咲に伝えた。
選んだ。
これでいいんだと思う。』
ペンを置き、天井を見上げる。
遥香へのメッセージを送ったときの痛みは、まだ胸のどこかに残っている。
でも、それも含めて、今の自分だと思おう。
私は深く息を吐き、静かに目を閉じた。
「この体、男子ですけど何か?
今日は、美咲に気持ちを伝えて、少しだけ未来が見えた気がします……」
新しい関係が、静かに始まろうとしていた。




