第34章 決めるとき
土曜日の朝は、いつもより遅く目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む光が、部屋を柔らかく照らしている。
目覚ましをかけていなかった私は、天井をしばらく見つめたあと、ゆっくりと体を起こした。
昨夜、ノートに書き殴った言葉が、まだ頭の中に残っていた。
『この人生を、ちゃんと自分のものにしなければならない』
キッチンに行き、コーヒーを淹れる。
湯気を眺めながら、昨夜の決意を噛みしめる。
もう、曖昧なままでいることはできない。
美咲も、遥香も、本気で私を待ってくれている。
このまま中途半端に抱え続ければ、両方を傷つけることになる。
午前中は、部屋の掃除をした。
掃除機をかけ、洗濯物を干し、机の上を整える。
単純な作業をしながら、自然と頭が整理されていく気がした。
午後になり、私はスマホを手に取った。
最初に連絡したのは、美咲だった。
【メッセージ】
美咲、今日の夕方、少し時間ある?
話したいことがある。
すぐに既読がつき、返信が来た。
【美咲】
はい! あります。
どこがいいですか?
【私】
前に行った公園で。
5時くらいに。
【美咲】
わかりました。
行きます。
次に、遥香にも連絡した。
【メッセージ】
遥香、今夜少し時間あるか?
ちゃんと話したい。
少し間を置いて、返信が届いた。
【遥香】
大丈夫。
場所は任せる。
悠真が決めて。
私は、今夜の場所を決め、返信を送った。
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夕方5時、公園のベンチ。
秋の風が涼しく、木々の葉が揺れている。
美咲は私服姿で、すでにベンチに座って待っていた。
私の姿を見つけると、少し緊張したように立ち上がる。
「山田さん……」
「来てくれてありがとう」
並んでベンチに座り、しばらく無言で景色を眺めた。
「美咲」
「はい」
「先日の告白、ちゃんと受け取った。
ありがとう。
お前の気持ちは、本当に嬉しかった」
美咲は俯き、小さく頷いた。
「でも、俺はまだ……完全に答えを出せていない。
お前を傷つけたくないし、いい加減な返事をしたくないんだ」
彼女は静かに顔を上げた。
目が少し潤んでいる。
「大丈夫です。
山田さんがちゃんと向き合ってくれていること、伝わってます。
無理に急がなくていいです」
その優しさが、かえって胸に刺さった。
「美咲……お前は本当にいい子だな」
彼女は寂しそうに微笑んだ。
「山田さんにそう言ってもらえるだけでも、私は嬉しいです」
公園を後にするとき、美咲は小さく頭を下げた。
「待ってます。
山田さんの答えを」
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夜8時、遥香と会った場所は、以前行ったことのある静かなバーだった。
カウンター席に並んで座り、私はストレートのウィスキーを注文した。
遥香は赤ワインを傾けている。
「悠真、今日はちゃんと話してくれるんだね」
「ああ。もう、曖昧なままにしておくのはよくないと思って」
グラスを置き、私は彼女の目を見た。
「遥香、お前のことは今でも大切だ。
過去を共有してくれて、事故の後も気にかけてくれて……本当にありがとう」
遥香は静かに聞いている。
「でも、俺は今、自分の人生を立て直している最中なんだ。
事故の後、いろんなものが変わった。
価値観も、感じ方も、生き方も。
その中で、まだ完全に『自分』を見つけられていない」
遥香は小さく息を吐き、微笑んだ。
「わかってる。
悠真が迷っているのは、ちゃんと伝わってた」
「ごめん」
「謝らないで。
悠真が自分で選んだ道を、私は尊重するって言ったでしょ」
彼女はワインを一口飲み、静かに続けた。
「私は待ってる。
でも、待っている間に、悠真が自分を見失わないでほしい」
その言葉が、優しくて重かった。
店を出た後、夜風の中で少しだけ並んで歩いた。
遥香は私の袖を引くことなく、ただ隣にいてくれた。
別れ際、彼女は小さく手を振った。
「元気でね、悠真」
「……ああ」
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マンションに帰ったのは、夜10時を過ぎていた。
ソファに座り、今日の会話を反芻する。
美咲の優しさ。
遥香の成熟した理解。
どちらも、私を真剣に想ってくれている。
でも、今夜の会話で、少しだけ道筋が見えた気がした。
私はノートを開き、今日の日付を書いてから、短く記した。
『もう、逃げるのはやめよう。
この体で、この人生で、ちゃんと生きる。
そして、誰かを本気で選ぶ』
ペンを置き、天井を見上げる。
「この体、男子ですけど何か?
今日は、二人にちゃんと向き合って、少しだけ前に進めました……」
答えは、もう目前まで来ている。
私は深く息を吐き、静かに目を閉じた。




