第3章 残業の夜
会議が終わったのは19時過ぎだった。
今日も数字の詰めが甘いと言われ、提案書の修正を命じられた。クライアントは来週のプレゼンでかなり厳しい条件を出してきている。悠真の記憶が「これは結構ヤバい案件だ」と警告を発していた。
「山田さん、今日は私が残りますね」
高橋美咲が資料を抱えて微笑んだ。オフィスはすでに半分以上の席が空いている。
「……悪い。無理しなくていいよ」
「いいえ。私もこの案件、責任持ってますから」
彼女の目は真剣だった。入社2年目ながら、仕事に対してとても一生懸命だという記憶がよみがえる。
結局二人で残ることになった。
深夜のオフィスは静かで、エアコンの音とキーボードを叩く音だけが響いている。
私はネクタイを緩め、モニターに向かっていた。愛子の頃は夜更かしと言えばスマホで動画を見るくらいだったのに、今はExcelとPowerPointを睨みながら頭をフル回転させている。
「山田さん、この部分の構成……もう少しシンプルにした方がいいと思います。ターゲットの主婦層は、情報過多だと離脱しやすいので」
美咲が隣に寄ってきて、画面を指差した。距離が近い。シャンプーのいい匂いがする。
(……やば。心臓の音がうるさい)
男の体になってから、女性の匂いや proximity(近さ)に妙に敏感になっている自分がいる。愛子だった頃は「いい匂いだな~」で終わっていた感覚が、今はもっと原始的で複雑だ。
「そうだな……高橋くんの言う通りかも。ありがとう」
「山田さんが戻ってきてくれて、本当に良かったです。事故の話聞いたときは……心配で」
彼女は少し声を落とした。
「山田さんって、いつも完璧に仕事されるから、倒れたらどうしようって思ってました」
その言葉に、胸が少し痛んだ。
完璧な山田悠真。
その仮面を被っている自分が、実は17歳の女子高生だなんて、誰が想像できるだろう。
23時を回った頃、ようやく提案書の修正が一段落した。
「高橋くん、もう遅いし、タクシーで帰りなよ。今日はありがとう」
「山田さんは?」
「俺はもう少しだけ残る」
美咲は少し迷った顔をしたあと、意を決したように言った。
「あの……もしよかったら、近くのファミレスで軽く何か食べませんか? まだお腹空いてると思うんですけど……」
その誘いに、ドキッとした。
(え、ちょっと待って。これは……?)
愛子としての感覚では「夜遅くに先輩とご飯!?」と浮かれる気持ちと、男としての「部下をちゃんと家に帰さないと」という責任感が混ざり合っている。
結局、私は頷いていた。
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ファミレスの個室席で、二人で簡単な食事をする。
美咲は意外とよく食べる子だった。サラダとパスタを平らげながら、仕事の愚痴や大学の話をしてくれる。悠真の記憶では、彼女は真面目で少し堅い印象だったけど、こうして二人きりだと年相応の23歳に見える。
「山田さんは……彼女さんとか、いらっしゃるんですか?」
突然の質問に、フォークを持つ手が止まった。
「今はいないよ。忙しくて」
本当は「元女子高生なので恋愛とかまだ心の準備ができてません」とは言えない。
美咲は少しホッとしたような、でも少し寂しそうな表情を浮かべた。
「そうですか……」
その後の会話は少しぎこちなくなった。
店を出たのは午前0時近かった。
「高橋くん、今日は本当にありがとう。送っていくよ」
「大丈夫です! 駅まで一緒に行ければ」
夜の街を二人で歩く。
街灯の下で横顔を見ると、彼女は本当に可愛いと思った。
マンションに帰宅したのは午前1時を回っていた。
シャワーを浴びながら、今日のことを振り返る。
仕事は確かに大変だけど、やりがいがある。
そして、高橋美咲という存在が、妙に気になっている自分に気づいた。
ベッドに倒れ込み、天井を見つめる。
「私……男の体で、女の子にときめいてるの?」
この体、男子ですけど何か?
今日は特に、感情がめちゃくちゃです。




