第16章 深夜の約束
土曜の深夜、午前1時を回っていた。
オフィスはほぼ消灯し、私と高橋美咲だけが会議室に残っていた。
テーブルの上には資料と空になったコーヒーカップが散乱している。
「山田さん……もう本当に限界です。少し休んでください」
美咲の声は心配でいっぱいだった。
彼女もここ3日間、ほとんど私について残業してくれている。
私は目をこすりながら、力なく笑った。
「ごめん。もう少しで完成しそうなんだ……」
美咲はため息をつき、私の隣に座った。
距離が近くて、彼女のシャンプーの匂いがふわりと漂う。
「山田さん、事故の後からずっと無理してますよね。
無理しすぎて、また倒れたらどうするんですか?」
その言葉が、胸に染みた。
私は資料から目を離し、初めて本音を少しだけ零した。
「……怖いんだ。
失敗したら、みんなに迷惑をかける。
山田悠真として、期待されているのに、応えられない自分が情けない」
美咲は静かに私の顔を見つめた。
「山田さんは、十分頑張ってます。
むしろ、事故の後の方が……人間らしくなったと思います。
以前より、部下の気持ちを考えてくれるようになったし」
彼女は少し迷ったあと、そっと私の手に自分の手を重ねた。
「私、山田さんのこと……本気で応援したいんです。
仕事も、プライベートも……全部」
時間が止まったような気がした。
美咲の指先が少し震えている。
その温かさが、男の体を通じてダイレクトに伝わってくる。
(この子……本当に俺のことを)
頭の中に遥香の顔が一瞬よぎったが、すぐに消えた。
私は美咲の手を、優しく握り返した。
「……ありがとう、美咲」
名前を「美咲」と呼んだのは、初めてだった。
彼女の頰が一瞬で赤くなった。
「山田さん……」
「今はまだ、ちゃんと答えを出せない。でも、
お前がそばにいてくれるのは……すごく嬉しい」
美咲は涙を浮かべながら、嬉しそうに微笑んだ。
「待ってます。
どんなに時間がかかっても……私はここにいますから」
その夜、私たちは午前3時まで一緒に資料を仕上げ、
最後にタクシーで美咲を送り届けた。
マンションに戻った私は、ベッドに倒れ込みながら天井を見つめた。
美咲の優しさ、遥香の想い、迫り来るプレゼンのプレッシャー。
全部が重なり合って、眠れない夜だった。
「この体、男子ですけど何か?
今日は、美咲に本気で想われていることを、改めて実感しました……」
心が、大きく揺れていた。




