第12章 一筋の光
木曜の朝、営業部はいつもより緊張した空気に包まれていた。
今日がA社への最終提案日の前日だ。
何度も修正を繰り返した資料は、もうこれ以上ないというところまで仕上げてあった。
会議室で最終確認をしていると、部長が珍しく声を荒げた。
「山田、このままじゃダメだ。クライアントが求めているのは『新しさ』だけじゃない。現実的な成果だ!」
プレッシャーが一気にのしかかる。
私は資料を睨みながら、頭をフル回転させた。
悠真のビジネススキルと、愛子としての「普通の人の感覚」を必死で混ぜ合わせる。
「……部長、ひとつ提案があります」
会議室の視線が一斉に集まった。
「ターゲットを広げるのではなく、逆に30代主婦に絞ります。
ただし、クリエイティブは『共感』と『ちょっとした贅沢』を軸に。予算を抑える代わりに、感情に刺さるストーリー性を強く出しましょう。女子高生……じゃなくて、普通の主婦目線で考えると、こういうのが響くと思います」
愛子の視点が、思ったより活きた。
会議が終わった後、佐々木が肩を叩いてきた。
「山田、お前今日なんか冴えてたな。『普通の主婦目線』って、なかなか言えねえよ」
「……たまたまだよ」
午後、クライアントへの最終プレゼン資料を完成させた。
美咲が最後のチェックを手伝ってくれ、二人で夜遅くまで残った。
「山田さん、これ……すごくいいと思います。私、感動しました」
美咲の目が少し潤んでいるように見えた。
金曜の午前10時。
本番のプレゼンテーション。
クライアント企業の会議室で、私はスーツをぴんと着て立っていた。
心臓がうるさいくらい鳴っている。
プレゼンが始まると、不思議と頭がクリアになった。
悠真の経験と愛子の感性が、滑らかに言葉を紡いでいく。
「——つまり、『日常の中の小さな特別感』をコンセプトに据えています」
プレゼン終了後、クライアントの担当者がゆっくりと頷いた。
「……面白いです。これまでとは違うアプローチですね。
前向きに検討します」
部屋を出た瞬間、膝に力が入らなくなった。
佐々木が駆け寄ってきて、私の背中を叩く。
「やったじゃねえか、山田!」
美咲も目を輝かせて駆け寄ってきた。
「山田さん、かっこよかったです……!」
その夜、チームで少しだけ祝杯を上げた。
マンションに帰宅した私は、ベッドに倒れ込みながら天井を見つめた。
初めて、自分がこの体で「山田悠真」として成果を出せた気がした。
仕事の達成感、チームの信頼、美咲の笑顔、遥香の存在——
全部がまだ絡まっているけど、少しずつ前へ進んでいる。
「この体、男子ですけど何か?
今日は、仕事で初めて本気で頑張って、結果を出せた気がします」
小さな達成感が、静かに胸を温かくした。
まだ道のりは長い。
でも、悪くない。




