⑨ グリフォン
1998年3月10日の火曜日。時刻は午前9時ごろ。
珍しく、真田雪村と弓子が、夫婦揃って名護屋テレビ塔の亜空間レストランを訪れていた。
バーカウンターの向こうから、仲睦まじい兄夫婦の様子を暫く眺めていた、赤い髪にメイド服姿の由理子は、とうとう我慢出来なくなって、二人のテーブルに近づいて行った。
「あの……お兄ちゃんにも、どうしても立ち会ってもらいたい、調査案件が有るんだけど、弓子さんとの時間も大切だから、いっそお二人で一緒にどうなかって……。」
そんな感じに、おずおずと兄に話し掛ける妹。
真田雪村は、由理子の実兄で在りながら、今や畏怖の対象にも成りかねない、強大なチカラの持主なのだ。そんな彼に対して、つまらない小さな案件に、その手を煩わせるのも、気が引けるのだった。
「イイとも、どんな話か聞かせて。」
しかし彼は、何時ものように気さくにそう答える。カワイイ妹の頼みを、ムゲに断るような兄では無いのだ。
「実は私、紀元前3000年のイラン高原に現れていた、グリフォンという名の、伝説の幻獣の事が気になるんだ。」
「……ああ、結構有名だよねえ?」
「太陽神アモン・ラーとも、関係が深いらしいの。」
「だから僕も誘ったんだね。弓子さんもイイよね?」
「ええ。たまには妹さんと三人で行くのも、楽しそうだし、それなら悪魔ではなさそうだしね……。」
そんな訳で、目出度くこの話はまとまった。11時にブランチを食べた後、三人揃って地下駐車場に降りて、出発の準備に入った。
由理子は今日も、ほぼ自分専用の、赤いワーゲンビートルをチョイスした。最近では、杉浦鷹志とサン・ジェルマン伯爵が、コツコツと改造を進めてくれたお陰で、どの色のビートルも、水中から大気圏外まで、自由に活動可能となっていた。
ただし、他の種族……主に犬族、猫族だが……との約束もあり、並行世界への移動だけは、伯爵専用の、黒いビートルに限定された機能となっていたのだった。高次の種族からは、伯爵は信用出来ても、他の人類は信用されてないという訳である。
由理子は、当然のように赤いビートルの運転席に収まる。助手席は開けたまま、後部座席に雪村と弓子が、仲良く並んで座った。
そして何時ものように、由理子が目的地の座標を、センターコンソールパネルに入力した。
B.C.3000年03月03日
時刻08時00分
北緯35度00分
東経55度00分
「では、出発しま〜す!」
彼女は元気にそう宣言すると、クルマを地下駐車場から出し、光学迷彩を掛けて、垂直上昇させた。




