⑩ イラン高原
紀元前3000年のイラン高原は、メソポタミアの高度な都市文明と、独自の地域文化が同時に存在する、青銅器時代の転換期にあった。文字の発明や交易範囲の拡大により、その地域は、都市国家の形成と東西を結ぶ物流の要所として、重要な役割を果たしていた。
この時代のイラン高原の主要な特徴は、原エラム文明の台頭と楔形文字の使用だ。西南部のザグロス山脈麓やフーゼスターン州周辺では、原エラム期と呼ばれる高度な文化が栄えた。
中心都市のスーサを中心に、行政や経済の記録として、未解読の原エラム文字や円筒印章が使用され、メソポタミアのウルク文化と、強い結びつきを持った。
東部のスィスタン・バルーチェスターン州には、紀元前3200年頃から建設された都市、シャフリ・ソフタが栄えた。この都市は、アフガニスタン産のラピスラズリやトルコ石を、メソポタミアへ運ぶ東西交易ルートの中継拠点として、機能していた。
アーリア人の大移動よりも前であるこの時代、高原各地には先住の諸民族が居住していた。ザグロス山脈一帯には、ルルビ族やゴート族などの山岳民族、南部にはエラム人が暮らし、後の時代に繋がる、多様な部族社会の基盤が築かれていた。
そう言ったこの地域における交易の発展や、文字による行政システムの導入は、その後の古代ペルシャ世界の礎となる、最初の大きな飛躍の時代だったのである。
由理子の赤いビートルは、時空転位の後、そんなザグロス山脈の入り口にあたる場所に、出現した。彼女は、クルマを道の傍らに着陸させると、その見た目を、光学迷彩で、交易用の馬車に変えた。
三人が車外に出ると、ちょうどそこへ、山の奥から、慌てて逃げて来る、頭にターバンを巻いた髭面の、二人組の男たちに出会った。まるで被害者のようにしているが、それは道でバッタリ出会ったら、ヤバイ感じのする、山賊風の屈強な男たちだった。
「どうかしたんですか?」
由理子は、事前に学習しておいた、簡単なエラム語を使って、二人に声を掛けてみた。
しかし、その男たちは、「グリフォン!グリフォン!」と、自分たちが来た方向を指差しながら、繰り返し叫び、彼女たちの前を、焦った様子で駆け抜けて行ってしまった。
「どうやらビンゴのようだね?」
ニコニコしながら雪村が言った。
「私は昔から、クジ運がイイのよ。お兄ちゃんも知ってるでしょ?」
由理子も笑顔でそう言いながら、山道を登り始める。
「ねえ、気づいてるのかしら?アナタたち兄妹は、危険な事態を前にすると、いつもそんな、嬉しそうな顔をするのよ?」
呆れた弓子も、そんな事を言いながら、二人について行くのであった。




