⑭ 若気の至り
1998年5月1日の金曜日。
時刻は午後3時ごろ。
いつもは賑やかな、名護屋テレビ塔の亜空間レストランが、今日は静けさに包まれていた。そこでミルクティーを飲みながら寛いでいたのは、サン・ジェルマン伯爵と、その事実婚の妻の村田京子だけである。他のメンバーは皆、休暇を取るか、個人的な用事を片付けるかで、すっかり出払っていたのだった。
「たまにはこういうのも、ホッとするわよね。」
京子が伯爵に囁く。
「そうですねえ。ただ僕は貧乏性なのか、のんんびり何もしない時間を、楽しめる心の余裕が無いみたいなのですが……。」
伯爵が正直に答える。
「やっぱりそうなのね……まったく、貴方って人は。何か気になる事でも有るの?」
「最近はすっかり、幻獣や神獣の事が気になるようになってまして……。」
そう言いながら彼は、チラリとエレベーター前に番犬よろしく鎮座している、鵺の事を見た。
「実はつい先日、昔の知り合いの戦いの記録を調べていたら、とあるモンスターとの交戦の様子が描かれていたんですよ。」
「昔の知り合いって、誰よ?まさかフルカネルリ卿のウアジェト女王?」
「いや、もっと昔です。まだ私が駆け出しのタイムトラベラーだった頃の……。」
「……誰よ。もったいぶらないで教えなさいよ。」
「……まあ、アレクサンダー大王なんですけどね。」
それは中々のビッグネームだった。
しかし、彼が言い渋って居た理由は、他に有るようだ。
京子には女の勘が働いて、すぐにピンと来た。
「あの忌々しい、真田雪子がらみの話ね?」
「当時の私はまだほんの子どもで、色々と彼女から、タイムトラベルの手ほどきをして貰ってたんですよ。その時に行った先が、たまたま死の直前の、大王の寝室だったというだけで……。」(第15巻 参照)
「……イロイロと手ほどきをねえ?タイムトラベル以外にも、きっと彼女から教わった事は、数多く有るのでしょうね?」
そう言って永遠の23歳の彼女は、永遠の35歳の伯爵をジト目で見た。
「あ、ははは……そろそろ本題のモンスターの話題に戻しても?」
「まあ、いいわ。昔の事ですものね。私は寛大な心の持ち主だから、許してあげる。」
「そりゃあ、どうも……で、そのモンスターなんですが、北インドの平原で大王の軍隊を迎え撃ち、多数の犠牲者を出したらしいのです。」
「ソイツを調査したいのね?いいわ、今すぐなら付き合ってあげるわよ。」
「そりゃあ、助かります。じゃあ早速、地下駐車場に参りましょうか?」
伯爵はとても嬉しそうだった。
(全く、こういう所は、いつまでも少年みたいなのよねえ。)
京子はそう思いながら、彼に続いてエレーベーターに乗り込む。
「ヌエちゃん、お留守番よろしくね?」
彼女が手を振ると、鵺は頷いて見せた。
よしよし、よく出来た番犬ぶりだ。
京子は満足した。




