第3話:閉ざされた扉の前で
注記: 本作は史実をもとにした歴史フィクションです。
人物の会話、心理描写、一部の出来事の流れには創作を含みます。
史実そのものの解説は、本文最後の「櫻未來の歴史メモ」で補足します。
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今回の登場人物
エティエンヌ:若い書記。第三身分の代表たちの言葉を書き留めながら、言葉の力を恐れ始めている。
ルネ:ヴェルサイユの下働き。前話では三部会の会場準備をしており、今回は球戯場へ代表たちを案内する。
アンリ:地方貴族。秩序を守りたいが、閉ざされた扉の前で何かが変わったと感じる。
ピエール:聖職者見習い。祈りと政治の境目が崩れていくことに戸惑う。
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1789年6月20日、ヴェルサイユ。
第三身分の代表たちは、自分たちこそ国民を代表すると主張し始めていた。
だがその朝、いつもの議場の扉は閉ざされていた。
「鍵が掛かっているぞ」
「まさか」
「押すな。開かない」
エティエンヌは議場の扉に手を置いた。
冷たい木だった。
昨日まで、そこは言葉で争う場所だった。
今日は、誰かの意思で閉ざされた壁になっている。
「なぜ閉まっている」
「王の命令か」
「修理だと言っている者もいる」
「都合のいい修理だな」
代表たちの声が重なる。
ルネは扉の脇で、鍵束を握っていた。
「俺は開けろとは言われていません」
エティエンヌが振り返る。
「では、閉めろとは?」
ルネは首を振る。
「それも、言われていません。ただ、入れるな、と」
周囲が静かになる。
その静けさの中で、アンリが帽子を取った。
「これは、危うい」
代表の1人が食ってかかる。
「危ういのは我々か。それとも閉めた側か」
アンリは答えない。
ピエールが祈るように両手を握った。
「帰れば、争いは避けられるのでしょうか」
「帰れば」
エティエンヌが言う。
「閉め出されれば帰る者だと、証明するだけです」
ルネは目を丸くした。
「でも、扉が開かないなら」
「別の場所を探す」
「会議をする場所ですか」
「いや」
エティエンヌは代表たちを見た。
「帰らないための場所だ」
誰かが叫んだ。
「球戯場がある!」
「そこなら広い」
「雨をしのげる」
「議場ではないぞ」
「議場に入れないのだから、仕方ない」
ルネが前へ出た。
「案内します」
エティエンヌが彼を見る。
「いいのか」
「扉を開けるなとは言われました。でも、道を教えるなとは言われていません」
アンリが苦笑する。
「下働きの理屈に、国が動かされる日が来るとはな」
ルネは肩をすくめた。
「椅子の位置も、下働きが動かしていましたよ」
彼らは歩き始めた。
廊下には足音が響く。
誰かが「国民」と言う。
別の誰かが「憲法」と言う。
エティエンヌはその言葉を胸の中で受け止めるだけで、まだ紙に書かなかった。
球戯場は、議場のように立派ではなかった。
汗と木の匂いがする。
雨の音が屋根を叩く。
だが、閉ざされた扉はない。
代表たちは集まり、声が1つの方へ向かっていく。
「憲法ができるまで、我々は解散しない」
「たとえ命じられても」
「たとえ追われても」
ピエールが震える声で言う。
「これは、誓いですか」
エティエンヌはペンを取った。
「そうです。だから怖い」
「怖いのですか」
「ええ」
彼は紙に言葉を刻む。
「書けば、残る」
アンリが壁際でつぶやく。
「この誓いは、王にも届く」
エティエンヌは書き続けた。
「なら、聞いてもらうしかありません」
やがて声が満ちた。
球戯場は、議場ではなかった。
だが、その日、議場より強い言葉を持った。
終わった後、ルネがぽつりと言う。
「扉を閉められたのに、皆さん、帰らないんですね」
エティエンヌは紙を胸に抱えた。
「閉められたからだよ。別の扉を作るしかない」
ルネは振り返った。
遠くの議場の扉は、まだ閉まっていた。
櫻未來の歴史メモ
今回の出来事
1789年6月20日、第三身分を中心とする代表たちは、閉ざされた議場の代わりに球戯場へ集まり、憲法が制定されるまで解散しないと誓いました。これが「球戯場の誓い」です。
史実と創作
球戯場の誓いは史実です。エティエンヌやルネたちは創作人物ですが、閉ざされた扉を前にした代表たちの不安や怒りを、あなたが近くで見られるように置いています。
櫻からの問い
扉を閉めた側は、彼らを止めたつもりだったのでしょうか。それとも、別の扉を作らせてしまったのでしょうか。
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