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その時代を生きた人々 - フランス革命  作者: Miris
第2部:声が石と王を動かす

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第4話:軍靴の噂

注記: 本作は史実をもとにした歴史フィクションです。

人物の会話、心理描写、一部の出来事の流れには創作を含みます。

史実そのものの解説は、本文最後の「櫻未來の歴史メモ」で補足します。


 ******


今回の登場人物


マルセル:若い兵士。街の騒ぎを抑える命令を受けるが、民衆の恐怖も理解している。

テレーズ:市場の女性。噂を疑いながらも、軍の気配に怒りと不安を抱く。

ジャン・ボーモン:パン屋。パンの列が政治の噂で荒れていくのを見ている。

アルマン:職人見習いの若者。革命を守らなければ潰されるという恐怖を抱き始める。

エティエンヌ:書記。議会の言葉が軍靴に踏まれるのではないかと怯える。


1789年7月12日ごろ、パリ。

ヴェルサイユでは国民議会が力を持ち始め、周辺には王の軍が集められているという噂が広がっていた。

パン屋の列でも、話題は値段だけでなく、軍と議会の行方へ移っていた。


「今日は、粉より噂の方が多いね」


テレーズが籠を腰に当てて言った。


ジャンは窯の前で汗を拭く。


「噂を焼けるなら、今ごろ俺は金持ちだ」


「王が軍を集めてるってさ」


「昨日も聞いた」


「昨日より近いってさ」


列の後ろで若い声がした。


「ネッケルが罷免された」


人々が振り向く。


アルマンだった。職人見習いの服は油で黒ずみ、目だけが妙に明るい。


「誰から聞いた」


「パレ・ロワイヤルで皆が叫んでた。王は議会を潰す気だ」


ジャンは低く言う。


「叫んでいる者が多いほど、確かな話とは限らない」


アルマンは食い下がる。


「確かになるまで待つんですか。軍が街に入ってから?」


テレーズが眉をひそめた。


「あんた、怖がってるね」


「怖いですよ」


「なら怖いと言いな。正義みたいに言うんじゃない」


アルマンは唇を噛んだ。


そこへマルセルが来た。


槍は持っているが、表情は硬い。


「店の前で集まるな。道を空けろ」


テレーズが笑う。


「またそれかい。兵隊さんは道が好きだね」


「命令だ」


「今度は誰の腹を守る命令だい」


マルセルは列の顔を見た。


怒りよりも、不安が多い。


「軍が来るという噂を広げるな」


アルマンが前へ出る。


「噂じゃないなら、なぜ兵が増える」


「俺に聞くな」


「兵のくせに」


「兵だから、知らされないこともある」


短い沈黙が落ちた。


ジャンがパンを並べながら言った。


「皆、今日は買うのか、戦うのか、どっちだ」


テレーズが答える。


「腹は買いたいと言ってる。耳は走れと言ってる」


エティエンヌが息を切らして路地から出てきた。


小さな包みを胸に抱えている。


「ジャンさん、水を」


「どうした」


「議会の写しを届ける途中です」


アルマンが目を輝かせた。


「何が書いてある」


エティエンヌは包みを押さえる。


「国のことです」


「俺たちのことか」


「そうでなければ、意味がありません」


テレーズが言う。


「なら、声に出しな」


エティエンヌは周囲を見た。


兵士もいる。


空腹の人々もいる。


怖がる若者もいる。


彼は小さく言った。


「代表たちは、憲法を作るまで引かない」


アルマンが笑う。


「なら、王も引かない」


マルセルが低く警告する。


「煽るな」


「煽ってるのは軍靴の音だ」


遠くで、群衆の声が上がった。


「武器を!」


「武器を探せ!」


テレーズの顔から笑みが消えた。


「嫌な音だね」


ジャンが扉を半分閉める。


「今日は早く帰れ。パンを持っている者は、なおさらだ」


アルマンは動かない。


「向こうが銃を持って来るなら、こっちは何で身を守るんだ」


マルセルは彼の前に立った。


「銃を持った瞬間、おまえは守る者にも殺す者にもなる」


「持たなければ、殺される者だけです」


誰も笑わなかった。


夜が近づくにつれ、通りの声は太くなった。


ジャンは火を落とし、扉にかんぬきを掛ける。


外では人々がまだ走っている。


マルセルは路地の暗がりに立ち、遠くの足音を聞いた。


「明日は」


彼は誰にも聞こえない声で言った。


「パンの列では済まない」


 ******


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