第14話:裁かれる王
注記: 本作は史実をもとにした歴史フィクションです。
人物の会話、心理描写、一部の出来事の流れには創作を含みます。
史実そのものの解説は、本文最後の「櫻未來の歴史メモ」で補足します。
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今回の登場人物
エティエンヌ:国民公会の記録に関わる書記。王であった男を裁く言葉を書き留めることに震える。
ガスパール:処刑人の助手。正義を語らず、処刑台の準備を仕事として受け止めている。
マドレーヌ:広場に立つ少女。王が1人の人間として扱われる瞬間を見る。
クレール:元侍女。王家を近くで見てきた者として、裁きの場を遠くから見つめる。
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1793年1月、パリ。
王政は廃止され、ルイ16世は国民公会で裁かれる被告となっていた。
神聖な王という名は消され、紙の上には別の呼び名が置かれようとしていた。
「王と書くな」
エティエンヌは手を止めた。
「では、何と」
「被告だ」
「名前は」
「ルイ・カペー」
エティエンヌはペン先を紙に置いた。
王。
その1文字は書けない。
彼はゆっくりと書いた。
被告、ルイ・カペー。
隣の書記が小声で言う。
「まだ慣れないか」
「慣れたら、もっと怖いです」
議場では声が飛ぶ。
「有罪だ」
「国民への裏切りだ」
「死刑を」
「拘禁を」
「拘禁後に追放すべきだ」
「執行を猶予せよ」
言葉が積み重なる。
エティエンヌはすべてを書こうとした。
だが、書けば書くほど、紙の上で1人の人間が小さくなっていく気がした。
同じころ、広場ではガスパールが処刑台の板を確かめていた。
年上の助手が聞く。
「今日は震えないのか」
「仕事です」
「相手は王だった男だ」
ガスパールは刃を見上げた。
「台の上では、皆、首の高さが同じです」
「言うようになったな」
「思わなければ、手が動きません」
広場の端に、マドレーヌとテレーズがいた。
マドレーヌは背伸びをする。
「見えない」
テレーズが腕を引く。
「無理に見るもんじゃない」
「皆、見に来てる」
「皆が来る場所ほど、帰ってから何を見たのかわからなくなる」
少し離れた場所に、クレールが立っていた。
粗末な外套で顔を隠している。
マドレーヌが気づいた。
「あの人」
テレーズが首を振る。
「声をかけるな」
「知ってる人?」
「知ってるかもしれない人だ」
馬車が来た。
広場の空気が変わる。
歓声。
罵声。
沈黙。
それらが混ざる。
ルイ16世は処刑台へ上がる。
マドレーヌには、王冠も玉座も見えなかった。
見えたのは、寒そうな男だった。
男が何かを言おうとする。
太鼓が鳴った。
言葉は叩き消される。
クレールが両手を握った。
ガスパールは目を伏せなかった。
刃が落ちた。
広場が声を上げる。
マドレーヌは、その声が喜びなのか恐怖なのか、わからなかった。
ガスパールは刃を洗った。
水が赤くなる。
「これで終わりですか」
彼は年上の助手に聞いた。
男は布を絞りながら答えた。
「人は、終わりが欲しい時にそう言う」
「王がいなくなれば終わると」
「言っていたな」
「終わりますか」
男は広場を見た。
「明日の台を片づけてから考えろ」
エティエンヌは後で記録を読み返した。
有罪。
死刑。
1793年1月21日。
どれも正しい。
だが、太鼓に消された声は、どこにも残っていなかった。
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櫻未來の歴史メモ
今回の出来事
ルイ16世は国民公会で裁かれ、1793年1月21日にパリの革命広場で処刑されました。王を「市民」や「被告」として扱うことは、王権神授の世界が終わる象徴でもありました。
史実と創作
エティエンヌ、ガスパール、マドレーヌ、クレールは創作人物です。裁判では死刑だけでなく、拘禁や追放、執行猶予などをめぐる議論もありました。処刑台での細かな会話は創作です。
櫻からの問い
王を人間として裁くことは、自由の勝利だったのでしょうか。それとも、誰もが裁かれうる時代の入口でもあったのでしょうか。
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