第12話:王宮の門
注記: 本作は史実をもとにした歴史フィクションです。
人物の会話、心理描写、一部の出来事の流れには創作を含みます。
史実そのものの解説は、本文最後の「櫻未來の歴史メモ」で補足します。
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今回の登場人物
マルセル:国民衛兵側にいる兵士。誰も撃たずに済ませたいと願っている。
ヨハン:スイス衛兵。王宮を守る命令を受け、王がいない宮殿に残される。
アルマン:革命派の若者。王を残しては革命は守れないと考えている。
テレーズ:市場の女性。怒りの中にある危うさを感じ、アルマンを止めようとする。
クレール:宮殿の侍女。王家の避難と残された兵たちの恐怖を見ている。
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1792年8月10日、パリのテュイルリー宮殿。
戦争と反革命への恐怖が高まる中、武装した民衆と革命派は王宮へ向かっていた。
王家はすでに議会へ避難しようとしていたが、宮殿の門には命令だけが残っていた。
「逃げた王を、まだ王と呼ぶのか」
アルマンの声が門の前に響いた。
群衆が応える。
「王を倒せ!」
「裏切りを許すな!」
テレーズはアルマンの袖をつかんだ。
「声を大きくするほど、自分の声が聞こえなくなるよ」
「今は聞かせる時です」
「誰に」
アルマンは門を指した。
「あそこにいる連中に」
門の内側で、ヨハンは銃を握っていた。
赤い軍服の袖が汗で張りつく。
「王家は」
若い衛兵が聞く。
ヨハンは答えた。
「議会へ向かった」
「では、我々は何を守るのです」
ヨハンは門を見た。
「命令だ」
「命令は、誰を守るのです」
「黙れ」
その声は、自分に向けたものでもあった。
廊下では、クレールが走っていた。
王家の部屋は慌ただしく、椅子が倒れ、布が床に落ちている。
「急いで」
誰かが言う。
「議会へ」
「門は持つのか」
「わからない」
クレールは窓から外を見た。
門の外には、人の波。
門の内側には、取り残された兵。
どちらも怖がっている。
宮殿の外で、マルセルは両手を上げて叫んだ。
「撃つな!」
アルマンが振り向く。
「道を開けろ」
「このまま進めば、誰かが撃つ」
「誰かが撃つ前に、門を破る」
「同じことだ」
「違う。先に動くか、先に殺されるかだ」
テレーズが割って入る。
「アルマン、あんたは王を怖がってる。なのに自分が怖がってることを認めない」
「怖いから進むんです」
門の向こうで、ヨハンがマルセルを見た。
「下がらせろ!」
マルセルは叫び返す。
「王はもういない!」
ヨハンの顔が歪む。
「なら、なおさら下がらせろ!」
「なぜだ」
「守るものがない時の兵は、いちばん危ない」
その言葉は、門の鉄にぶつかって消えた。
誰かが石を投げた。
誰かが銃を構えた。
誰かが「撃たれた」と叫んだ。
本当に撃たれたのか、まだ誰もわからない。
だが、次の瞬間には銃声が鳴っていた。
「伏せろ!」
マルセルがテレーズを引き倒す。
アルマンは前へ走る。
ヨハンは撃つ。
撃たなければ、自分の後ろの若い兵が死ぬと思った。
撃った瞬間、門の外の人間の顔が見えた。
知らない男。
知らないはずなのに、忘れられない顔。
宮殿は破られた。
廊下に足音がなだれ込む。
クレールは柱の陰で震え、血の匂いを嗅いだ。
マルセルは煙の中で叫ぶ。
「もう撃つな!」
誰も聞かない。
ヨハンは壁際に倒れた。
マルセルが彼を見つける。
「生きているか」
ヨハンはかすかに笑った。
「王は」
「いない」
「知っている」
「なら、なぜ」
ヨハンは目を閉じた。
「昨日までは、王宮と王は同じだった」
マルセルは返せなかった。
夕方、王の部屋には椅子だけが残っていた。
テレーズが血のついた床を見て言う。
「いる時も、十分怖かったよ」
マルセルは椅子を見たまま答えた。
「いた時は、誰を見ればいいかわかった」
窓の外で、人々がまだ叫んでいた。
王はいない。
だが、怒りは残っている。
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櫻未來の歴史メモ
今回の出来事
1792年8月10日、テュイルリー宮殿が襲撃されました。王家は国民議会へ避難し、襲撃後に王権は停止され、王政廃止へ進むことになります。
史実と創作
マルセル、ヨハン、アルマン、テレーズ、クレールは創作人物です。ヨハンが宮殿内でマルセルと言葉を交わす場面は創作です。実際には、多くのスイス衛兵が襲撃の中で殺害されました。
櫻からの問い
王がいない王宮を守る兵士は、何を守っていたのでしょうか。命令でしょうか。過去の秩序でしょうか。それとも、退けなくなった自分自身だったのでしょうか。
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