第11話:戦争の噂
注記: 本作は史実をもとにした歴史フィクションです。
人物の会話、心理描写、一部の出来事の流れには創作を含みます。
史実そのものの解説は、本文最後の「櫻未來の歴史メモ」で補足します。
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今回の登場人物
アルマン:革命派の若者。外国軍と反革命への恐怖から、敵をはっきりさせたいと思っている。
マルセル:兵士。外の戦争と内側の疑いの間で、守るべきものを見失いかけている。
エティエンヌ:書記。戦争の言葉が王への不信を強めていく過程を書き留める。
テレーズ:市場の女性。恐怖が人を簡単に過激にすることを見抜いている。
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1792年春から夏、パリ。
フランスはオーストリアとの戦争へ向かい、外国軍と反革命の噂が街に広がっていた。
逃亡に失敗した王への不信は、戦争の不安と結びつき、さらに強くなっていた。
「外国軍が来る」
アルマンはパン屋の前で言った。
ジャンが疲れた声で返す。
「昨日は粉屋が来ない話だった」
「粉屋どころじゃない。王党派が手引きする」
テレーズが魚籠を下ろした。
「見たのかい」
「皆が言っている」
「皆が言う言葉ほど、顔が見えないね」
アルマンは苛立つ。
「テレーズさんは、まだ王を信じるんですか」
「信じちゃいないよ」
「なら」
「信じないことと、誰でも敵にすることは違う」
マルセルが店の前に来た。
服には遠征の準備の土がついている。
「戦争になる」
マドレーヌが聞く。
「どこと」
「遠い場所だ」
「遠いなら、どうしてここが怖いの」
マルセルは答えを探す。
「遠い場所の戦争は、近い人を疑わせる」
エティエンヌが紙束を抱えて現れた。
「議会でも同じです。敵、裏切り、反革命。その言葉が増えています」
アルマンが身を乗り出す。
「必要な言葉だ」
「必要だから怖いのです」
「怖がっていては守れない」
「怖がらない人の方が、私は怖い」
通りの向こうで誰かが叫んだ。
「王は敵と通じている!」
「宮殿を見張れ!」
「反革命を探せ!」
人々がざわめく。
テレーズはアルマンの腕をつかんだ。
「あんた、今、少し嬉しそうな顔をしたよ」
「何を」
「敵がはっきりすると、人は安心する。だから危ないんだ」
アルマンは手を振り払う。
「安心なんかしていません。怖いんです」
「それを言えばいい」
「怖いから、止めなきゃならない」
「何を」
アルマンは宮殿の方を見た。
「王を」
その言葉に、マルセルが動いた。
「口を慎め」
「まだ王を守るんですか」
「俺は、銃声を避けたいだけだ」
「避けているうちに、向こうが撃つ」
「向こうとは誰だ」
アルマンはすぐに答えた。
「王だ。王党派だ。外国軍だ。裏切り者だ」
エティエンヌが静かに言う。
「多すぎます」
「敵は多い」
「違う。怖いものを全部、敵という言葉に入れている」
アルマンは顔を歪めた。
「では、どうしろと言うんです」
誰も答えられなかった。
夕方、マルセルは宮殿へ向かう通りで立ち止まった。
人々が集まり始めている。
まだ襲撃ではない。
まだ暴動ではない。
だが、もうただの噂でもない。
エティエンヌが隣に立つ。
「書きますか」
マルセルが聞く。
「何を」
「戦争が王を倒した、と」
エティエンヌは首を振った。
「まだ早いです」
「では何と」
「戦争の噂が、人々に王を危険だと思わせ始めた、と」
マルセルは宮殿の門を見た。
「長いな」
「歴史は、短く書くと嘘になることがあります」
門の向こうに明かりが灯った。
だが、その明かりは安心には見えなかった。
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櫻未來の歴史メモ
今回の出来事
1792年、フランスはオーストリアとの戦争へ進みます。外国軍の脅威と国内の反革命への疑いは、すでに信頼を失っていた王への不信をさらに強めました。
史実と創作
アルマンやマルセルたちの会話は創作です。この話は、ヴァレンヌ逃亡事件からテュイルリー宮殿襲撃までの間に、戦争不安がどのように王政への敵意へ変わっていったかを描いています。
櫻からの問い
人々は王を倒したかったのでしょうか。それとも、戦争と裏切りの恐怖の中で、王を残すことが危険に見え始めたのでしょうか。
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