その7(終)
「おい!!地下で何が起こっているんだ!!報告しろ!!」
「第一整備班、第5A坑道で爆煙に行く手を阻まれています!」
「第二整備班は第3B坑道で同じく爆煙で先に進めません!」
「坑道通気システムのパワーでは、煙が晴れるまで時間が掛かります!」
「だからスプリンクラーを設置しろと......何!?地盤が緩む可能性があるって!?」
「柳川さん!!しゅ、俊哉が居ないんだ!!助けに行かなきゃ!!」
「高城さん!それは駄目だ!!今行ったら二次被害に巻き込まれる危険性がある!!」
「何!?爆発物の可能性!?エレベータシャフトどころかこの施設のどこにもそんな物は無いぞ!!」
「だとしたら......誰かが持ち込んだ!?」
地上施設の外には避難した来館者達と、ワンダーステラの社員達が右往左往していた。
程なく消防署のレスキュー隊員と警察も来て、それぞれ対応を開始する。
何しろまだ数名が施設内に取り残されているとの情報も入っている。
レスキュー隊の救助活動で、地上施設の一部にて逃げ遅れた職員数名と来館者1名が救助され、いずれも怪我は無いという事だった。
しかし来館者の内、小学五年生の高城俊哉と上原瀬菜の両2名が未だに確認出来なかった。
見学会に参加していた他の来館者から坑道内ではぐれたのではないかとの報告があり、坑道内の爆発に巻き込まれたのではとの憶測が広がっていた。
しかしワンダーステラの施設整備班もレスキュー隊も、坑道を塞ぐ爆煙で思うように先に進めず、手が付けられない状況になっていた。
「レスキュー隊、今から再突入します!」
地下火災用の特殊装備をしたレスキュー隊員数名が、新たに施設非常口より坑道内に進入を開始した。
すると妙な事に、今まで爆煙に覆われていた坑道が見る間に晴れて行くではないか。
「こちらレスキュー隊。急速に煙が晴れて行く。何か緊急排気システムでも作動させたのか?」
「いや、ワンダーステラからはそのような設備は無いと言っている」
「とにかく先に......おい!奥から女の子が!!」
煙にむせて咳き込みながら、レスキュー隊に付き添われた瀬菜が施設の外に出ると、周囲から歓声が上がった。
「良かった!助かって本当に良かった!!」
「君、上原瀬菜さんだろ!?一緒に行っていた俊哉を、高城俊哉を知らないか!?」
集まってくる人をかき分けて駆け込んで来た浩一が、瀬菜に問いかけた。
「あ、はい!あの!俊哉くんが、俊哉くんが時限爆弾を捨てに!!」
「何だって!?」
瀬菜の言うには、俊哉が犯人と遭遇して犯人は逃走。犯人がエレベーターシャフトに仕掛けた時限爆弾を別の場所で爆発させて施設に影響を少なくしようと、俊哉が爆弾をどこかに持ち出したという。
不思議な事に爆煙が見る間に消えて行った事で、改めてレスキュー隊が坑道内に侵入し俊哉の救助を図る事となった。
「坑道内の通電状況、どうか?」
「だめです!まだ通電も監視カメラも反応ありません!」
「じゃあ、手探りで探し出すしかないか......」
「仮に落盤していた場合、俊哉くんが閉じ込められている可能性もあります」
「通気システムも作動してないんだ!酸素が無くなったら......」
「とにかく、レスキュー隊による捜索を待ちましょう」
レスキュー隊が施設坑道内に進入して間もなく、不思議な音が坑道の奥から聞こえるのに気付いた。
コーン コーン コーン コーン
「こちらレスキュー隊、施設第2層のエレベーターシャフト近くにいる。何か不思議な音が聞こえる、そう、何かハンマーか何かで壁を叩くような......」
「それだ!!」
と、浩一が叫んだ。
「お願いします!!その音を目標にして探して下さい!!俊哉はきっとその方角にいる!!」
コーン、コーンという不思議な音を頼りに、坑道内をレスキュー隊が進んで行くと、程なくして落盤していると思しき坑道に辿り着いた。
「駄目だ、落盤していてココからは入れない。......ん?」
すると、また別の方角からコーン、コーンという音が聞こえてきた。
「まさか、こっちに近道が?」
レスキュー隊が音の方角に従って更に進むと、音がひときわ強くなった。
それも、坑道の一方の壁の中から響いてくるではないか。
「もしかしたら、この壁の向こう側に要救助者が居る!!ドリル用意!!」
ガガガガガガ!!とドリルを当て慎重に掘り進めると、意外な事に30cm程度の薄さで壁を破り、隣の坑道に進入する事が出来た。
「人が倒れてるぞ!要救助者発見!!俊哉くん!?俊哉くん!しっかりしろ!!」
「こちらレスキュー隊、要救助者発見!!意識を失っているが大きな怪我は無い模様、これより確保する!!」
レスキュー隊からの報告に、地上にいる一同に安堵の表情が広がった。
「良かった......俊哉くん!」
救急車のストレッチャー上で涙を流す瀬菜に、浩一が声を掛けた。
「瀬菜さんだったね。俊哉といつも遊んでくれて、ありがとう」
「え......?」
「いや、まあ俊哉は詳しく教えてくれなかったけど、いつも女の子と遊んでいるという話は聞いていてね。それが君みたいな可愛い子だとは思わなかったけどね。それにもしかしたら、君の他に小さな女の子とも遊んではいなかったかい?」
「どうしてそれを......!?」
「ああ、やっぱりコロポックルも一緒だったんだね。だったら納得だ。あの不思議な音は、コロポックルが出してくれていたんだろうね」
「そうなんですか?」
「多分だけどね。コロポックルと西洋の妖精コボルトが近縁というのは知ってるかな?妖精のコボルトは、大地の精であり坑道や洞窟の番人でもあったんだ。
もし坑道や洞窟の中で災害が発生したり、遭難する人が出たら音を出して周囲の人に危険を伝えるという伝説があるんだ。
だから今回も、きっと彼女達が助けてくれたんだろうね」
「きっと、そうだと思います!」
「あとは、やっぱり先祖からの縁なのかな。
私の祖父が昔、第二次大戦時にこの付近で兵役に就いていた時にこの付近の海岸でトーチカ用の地下壕を掘っていて、ある時に事故で祖父もろとも穴が塞がってしまったんだ。
他の兵士が探しまわっているところに、例の不思議な音が聞こえて、そこを掘り返したところ祖父が見つかって助けられたんだ。
後で話を聞くと、その祖父も兵士としての勤務の間にとても小さな女の子に遭遇した事があるそうだよ」
「そうだったんですか......とても素敵な話ですね」
「うん、残念ながら私は会えなかったけれども、ひょっとしたら俊哉ならって......」
「レスキュー隊が戻ってきたぞー!俊哉くんも無事らしい!!」
「本当に!?良かった!じゃ、俊哉に会いに行こうか!!」
「はい!!」
レスキュー隊に抱えられて地上に出た俊哉は、未だに意識を失ってはいたが微笑んだような穏やかな表情を浮かべていた。
浩一や瀬菜に見守られながら、直ぐに救急車に載せて運ばれて行った俊哉の手には、奇妙な事に行きは持っていなかったはずのペットボトルロケットの部品があった。
瀬菜は、その部品がコロの手製のペットボトルロケットのものだと気付いた。
その後レスキュー隊の証言によると、坑道に入った時に聞こえたコーン、コーンと言う音とともに、奇妙な視線を感じたのだと言う。
それも1人ではなく複数の視線であり、その何かに見守られていると不思議と安心感があったと話している。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
瀬菜の証言により、犯人の背格好と特徴がすぐに割り出された。
何と、今回の施設見学ツアーの登録来館者の中にはそのような2人の人物は居らず、どうやら施設の裏口から秘密裏に侵入し、途中から来館者に混ざって坑道へのゲートをくぐったのだろうと推測された。
そして北海道警察を総動員した検問が直ちに施設の周囲数十キロに渡って張り巡らされた結果、事件発生から2時間後に、ワゴン車に乗車していた不審な二人組を職務質問したところ逃走を図り、警察車両数台にぶつかった上でお縄となった。
彼らの自白により、ワンダーステラ社と敵対するメソッドルシファー社の組織的な陰謀が明らかとなった。
彼らが下した直接的な破壊工作罪と共に、メソッドルシファー社が過去に行ってきた反社会的行為や組織的犯罪が次々と明らかにされ、社会的な一大バッシングが吹き荒れる事となる。
結果としてCEO以下主要幹部の引責辞任に留まらず、大幅な業績不振という事態に陥ったメソッドルシファー社は最終的にワンダーステラ社に吸収合併されるという形で幕引きとなった。
高城浩一は、合併したメソッドルシファー社とワンダーステラ社の同事業部を統合した新生航空宇宙事業部の統括部長となり
上原修司は、一度降格したものの再び北海道支部で土地開発事業を任ずる事となった。
あの事件を境にして、俊哉が小学校でいじめに遭う事は無くなり、他の同級生とも徐々に打ち解けていった。
俊哉が小学校で作ろうとした「ペットボトルロケット同好会」は、結局そのままでは承認が下りず、「科学部」という名で立ち上がる事となった。
もちろん瀬菜も入部し、それだけでなく、徐々に他の同級生も参加するようになった。
その年の文化祭では、校庭にて俊哉を始めとする科学部員手製のペットボトルロケットの打ち上げショーが行われ、文化祭の目玉となって多くの来場者に注目された。
そしてこれを機に、再び大樹町の小学校でペットボトルロケットの工作教育が恒例化するようになり、以後も大樹町の町おこしの一環として根付く事となる。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「現在、大樹市の天候は晴れ、気温は20.5℃、気圧は1017hPa」
管制局からの通信が船内に響き渡る。
「外部環境はGO」
俊哉は、フロントパネルの環境監視システムの諸計器とモニタに目を配りながら管制に報告する。
「船内環境、GOです」
「よし、グランドGO、最終カウントダウン・フェーズに移行する」
管制局からの通達に、俊哉は改めて緊張が喉の奥からこみ上げてきて、生唾を飲まずにはいられなくなった。
大樹宇宙センターでは、これまでも既に数十回とHシリーズロケットを打ち上げてきたが、ここでH3-Bロケットによる有人宇宙船を打ち上げるのは、今回が初となる。
このH3-Bロケットは、四菱重工製のH3-Aをベースにしながらもワンダーステラ製大型補助ロケットXV-2と二段目ロケットモーターCTX1を連結させた、いわば四菱重工とワンダーステラの共同開発である。
これは、ワンダーステラが小型/中型ロケット打ち上げの分野で低コスト・高品質による高い市場評価と実績を受けた結果であった。
大樹宇宙センターでは、Hシリーズ以外でも多種多数のワンダーステラ製ロケットや実験機が打ち上げられていて、試験的な無人シャトルすら打ち上げられていた。
そして今、H3-Bロケットに搭載された「ひかり」7号・カプセル型有人宇宙船は、ロケット基部からアボート装置まで含めたその全高67mの巨体を発射棟にそびやかせるように立ち、春の陽光を浴びつつ僅かに液体酸素の酸化剤を逃がす煙を上げながら静かにその時を待っていた。
既に、発射場から少し離れたところの観覧エリアには大勢の人が押し寄せ、打ち上げの瞬間を固唾をのみながら待ち続けている。
「何だ、まさか緊張してるのか?高城」
野田船長がからかいながら喋りかけてくる。
宇宙飛行士としての野田は、米国シャトル時代から既に7回も宇宙飛行ミッションを重ねたベテラン中のベテランで、この「ひかり」型宇宙船でも1度宇宙に出ている。
こうして俊哉にしゃべりかけてくるのも、今回が初フライトとなる俊哉の緊張をほぐそうとしての事だろう。
野田を挟んで俊哉とは反対側の席にいる檜原飛行士も、乗じて俊哉をからかってくる。
「そういや、高城の美人な奥さんも打ち上げ見に来てるんだっけ?いーよなー幼なじみって」
「何だよ、タダの腐れ縁みたいなもんだよ」
俊哉と瀬菜は3年前に結婚し、今では1歳になる長女もいる。
今日は、瀬菜の両親とともに観覧エリアに来ているはずだ。
ちなみに高城浩一氏は一週間前からずっと管制室にこもってロケット運用の陣頭指揮を執っている。
宇宙飛行士となった俊哉ですら、多忙な父親に中々会えない有様だった。
「高城、例のお守りは持ってきてるんだよな?」
「ああ、ちゃんとココにあるよ」
俊哉は、自席の腰に装着された白いフライトバッグを手でポンポンと撫でた。
「じゃあそれをISSから打ち上げようぜー!」
「ばっバカを言うな!もうお前には絶対触れさせないからな」
「でも、それには加護が付いているって言うんだろ?」
野田もそれには興味があるようだ。
「ええ、そうなんです。コイツはどんな時でも僕の命を救ってくれる......」
「そうか、ならば今回のフライトも成功だな」
野田が親指を立てながら言うと、俊哉も笑いながらサムズアップを返した。
そして10カウントが始まり、3人とも黙ってその時を待った。
「アボートシステム、切り離し」
「第二段ロケット、切り離し」
「軌道方向、軌道速度、共に異常なし」
「こちら『ひかり7号』、本船は無事軌道に乗った」
「お、おおうっ」
身体がぷかりと浮かぶと、俊哉は思わず声を上げた。
「ははっ、まだまだだな」檜原が軽口を言うが、彼もまた無重力に手間取っているようだ。
「何、これからさ」と返したところで、俊哉は例のものを思い出した。
「よしよし、今から出してやるからな」
と、白いフライトバッグから取り出したのは、一つのペットボトルロケットだった。
ちゃんと2つ連結して、ロケットっぽくしてある。
「お前もおかしなヤツだな、そんなかさばる物を持って行くなんてさ。
お陰で他の私物を持って来れなかったんじゃないか?」
「まあペットボトルなら軽いからな、持ち込み許容重量にそこまで響かないさ」
そして俊哉は、ペットボトルロケットの”中身”にそっと声を掛けた。
「大丈夫かい?宇宙酔いは平気?」
”中身”は、幸いな事に俊哉以外の誰にも見えなかった。
しかし彼女は、ペットボトルの中で無重力にとまどって手足をばたばたさせながらも、それなりに楽しんでいるようだ。
「コロ、これでお互いに夢が叶ったな」
コロは無重力でも不思議なコロポックルの踊りを見せて、俊哉に無邪気な微笑みを返した。
ー ー ー ー ー 第一話 終 ー ー ー ー ー




