その6
実験施設のお披露目会当日となった。
俊哉達は、一度ワンダーステラ本社研究所の正門まで来てから
そこに待機していた大型バスに搭乗して、実験施設のある鉱山跡まで向かう事となった。
無重力実験施設は、大樹町からおよそ50km程北東に進んだところの、十勝郡浦幌町にある浦幌炭鉱跡にある。
炭鉱跡の抗穴を拡張したり補強を入れたりして改造し、そこに最新のエレベーター技術を駆使して人間が一人入れるくらいのサイズの無重量実験カプセルを落下させる事で、自由落下状態で10秒近く無重量状態を確保出来る事が出来るようになっている。
実は北海道では過去に政府主導で、空知郡に同様な鉱山跡を改造した無重力実験施設が開業していたのだが
コストが掛かり過ぎたり(1回あたり200万円以上の経費)また政府直轄事業であるので利用に際しては様々な制限や煩雑な事前手続きが必要だった事により、思ったように一般企業への参画利用が得られず、10年以上前に閉鎖されてしまっていた。
しかし今回ワンダーステラが建造した施設では、以前よりエレベーター技術も進歩を遂げてコストも以前より数十分の一に下げる事が可能になり、また一企業によるので制限も無く手続きも簡易であるので、一般からの注目度や期待も高まっているという。
「わああ!!すごーい!」
子供達の黄色い歓声がそこかしこで挙がっていた。
何しろ、廃鉱跡の穴からにょっきりと100m位ある高い塔が建ち、その天辺から分かり易くカラフルに塗装された無重量実験カプセルが投下されるさまは
あたかも遊園地にあるフリーフォールのようなワクワク感を抱かせるのである。
「それでは、施設内に入ってみましょう!」
先導する司会役の職員が旗を振りながら声を上げて、招待された大人の来館者や地元の子供達を引率しながら施設のゲートをくぐって、鉱山口を近代的なビルに設えた施設本館の中に入っていった。
施設本館の一部は、解説付きのちょっとした展示スペースとなっていて、来館者に分かり易く施設の概要を説明出来るようになっている。アリの巣のような地下のジオラマもあり、大人でも結構見応えがある。
俊哉が展示スペースできょろきょろしていると、肩をとんとんと軽く叩かれたので振り向いた。
「えっ、瀬菜!?」
びっくりしている俊哉だが、瀬菜はふふっと微笑んだままだ。
「どうしてって思うでしょ?お父さんが、偵察してこいって」
何しろ大樹町の子供であれば、自由に視察会に応募出来るのだ、恐らくはそこでメソッドルシファー社に勤める父親としては自身が直接見に行けない分、子供に見に行かせるというのはごく自然の判断だったのだろう。
「それに、勉強したご褒美も兼ねて、行っていいって!私、この日の為に勉強を頑張ったんだから!」
そういえば、最近の瀬菜は成績の順位がぐんぐん上昇していって、この前の小テストでは学年で1位にまでなったのだ。それは親としても認めないとおかしいだろう。
「きっとここで、俊哉くんと会えると思ったし!」
「お、おう......」
「じゃ、みんな先行っちゃったし、私達も行きましょ!」
「お、おいおい手を引っ張るなって」
次の見学場所は、坑道の中にあるエレベーターシャフトだった。
ここに来るまでにはまず全員が安全用ヘルメットを装着して、幾つかの坑内ゲートを新たにくぐってやたらと階段を上下に渡ってから、ようやくシャフトのある空洞にまで辿り着いた。
見学と保守点検用の回廊が空洞を円形上にとりまき、その中心に巨大な鉄骨製のシャフトが貫いていた。
「はい、今からカプセルがぐんぐん上がっていきますよ〜」
見ると、カプセルが下の方からゆっくりと上に上昇していく。
特別製のカプセルは繭のような形をしていて、一部が宇宙船の窓のようにガラスがはめ込まれていて中の様子が見えるようになっている。
「さあ、これからカプセルが落下します!もの凄い轟音が響きますのでよく気をつけて下さいねー!」
子供達だけでなく、大人の見物客も耳を塞いでじっと構えた。
すると、上の方で何かカラン、と機械が動いたように見えたと思ったら
カプセルが一瞬のうちに落下していき、一拍遅れてもの凄い轟音が空洞の中に響き渡った。
「わあぁあああああ!!!」
子供達の歓声とも絶叫とも取れる大声も一緒になって響いた。
「すげー!」「あっと言う間だねー」
カプセルの落下を見終わった子供達が次々に帰っていくのを見やった俊哉は、自分達も彼らの一番後ろから付いていこうとしたのだが
来館者の一部が、妙な動きをしているのに気付いた。
「?何やってんだ......?」
どうやらスーツを来た男の二人組が、他の来館者とは違う道を進んでいくようだ。
「ねえ、あっちは一般のルートじゃないよね?」
瀬菜も気付いたようだ。
「あいつら来館者のはずだよな......一体どうしてだろう。
よし、ちょっとアイツらの後を付けてみようぜ」
「えっ!ちょ、ちょっと止めようよ...特別なお客さんかもしれないじゃない?」
「だったらなおの事じゃん、あんなカプセルの落下だけじゃ物足りねーよ」
「で、でも」
「いいよ、瀬菜は帰りなよ」
「えーーっ、っていうかもう引率の人達も見えなくなっちゃったよ!?」
「一人で帰ればー?」
「わ、わかったよーもう!」
俊哉がおちょくるように言うと、瀬菜が慌てたようにして答えた。
「ってか、アイツらどこまで行くんだ......?」
俊哉達がひそひそと言いながら、坑道の先をどんどん進む彼らの後に付いていく。
どうやら、彼らは施設の構造について把握しているようだ。それもある目的に従って、ある場所を探しているようにも思える。
進むに連れて、坑道の雰囲気がどんどん本格的に岩壁の洞窟といった様相を呈してきていて、今にも崩落しそうな壁を支えるのは華奢な鉄骨だけ、照明も天井に点々とある小さな蛍光灯だけという状態である。
「ねぇ......俊哉くん、なんか怖いんだけど、やっぱり引き返そう?」
「しかし、アイツらの目的が分かんないんじゃ意味ねーだろ」
「でも......」
およそ100m以上も進んだだろうか。ひときわ暗くなっている場所に来ると、そこは分岐点になっていた。
ここからは何本も別の坑道と繋がっているようだ。
「やべっ、アイツら見失ったじゃねーか」
俊哉達がきょろきょろと見回しても、どこの坑道の方角にも姿が見えない。
「っていうか、俺達がやってきた道って......どれだっけ」
「ちょ、ちょっと俊哉くん、脅かさないでよ!」
「いやマジで分かんなくなったって、イテッ!イテッそんなに頭を叩くなよ!って増々分かんなくなった......」
「ええっ......嘘ぉ」
ついに瀬菜がグズりだしてしまい、俊哉も途方に暮れてしまった。
と、俊哉の近くにある壁の穴が、ぼぉっと白く光り始めた。
「っえ?な、なんだろ......?」
俊哉が穴を覗き込もうとして首を突っ込んだ途端、いきなり何かが俊哉の顔に当たった。
「ぶぁっっ!!な、なな何だ!?」
「......ん」
「こ、コロちゃん!?」
瀬菜がビックリしたように言うので、改めてそのぼおっと仄かに光る物体を見ると
あのコロポックルのコロだった。
「コロ!!な、何でここに居るんだよ!!今までどこ行ってたんだよ!!」
俊哉がコロに向かって掴み掛かるようにして怒鳴ると、瀬菜がコロを庇うように優しく抱きとめた。
「駄目よ俊哉くん!そんな急に声を上げちゃあコロちゃんがビックリするでしょ!」
「......ん!」
コロも、頬をぷっくりと膨らませてぷいっと顔を横に向けた。
「あー、ははは、すまねぇなコロ、つい俺もビックリしちまってさ。
もしかして、コロは俺達の事を探しにきたのか?」
コロは、ちょっと首を傾げるようにして俊哉を見つめた。
「ねぇ、ひょっとしたら、コロちゃんのお家ってここなの?」
「え?何でだよ?」
「だって私も調べたんだけどさ、コロポックルというか、その親戚のコボルトっていう西洋の小人さん達は地下の坑道とかに住んでるんだって!だからコロちゃんの住処もここかな?って」
コロはゆっくりと頷く。
「やっぱりそうなんだ!!」と、瀬菜はコロを一層ぎゅっと抱きしめると、コロが苦しそうにばたばたしてしまう。
「へぇー、コロの家なんかここ。あ、もしかして今日とか、人が一杯やってきてるんで落ち着かないのかな?ごめんな、なんか家を荒らしちゃったみたいでさ」
コロは何でもないというように、首を横に振ってから微笑んだ。
「コロちゃん!出口を知らないかな?私達、迷子になっちゃったの」
「いやちょっと待てよ、その前にアイツらの行き先を探すのが先だろ」
コロは意味が分からないというように、ちょっと首を傾げた。
「コロ、俺達は変な二人組のスーツを着た連中を探してるんだ。協力してくれるか?」
と、コロは瀬菜の腕から抜け出して地面に立ち、ある方向を指差した。
「......あっち、だれ、か、いる」
「そうか!よっしゃ、行ってみようぜ!」
そうして2人改め3人は、ずんずんとまた暗い坑道を進み続けた。
蛍光灯すら点いていないエリアもあったが、コロが全身を明るく照らしている為に、見通せないという程ではなかった。
そうして更に数百m程も進むと、ばったりと新たな空洞に辿り着いた。
「もしかして、ここって......」
空洞の中心にはシャフトが上下に貫き、その基部には巨大な機械が何台も連結され唸るように作動していた。
「ああ、多分ここは、あのエレベーターを動かす機械を置く場所なんだと思う」
そして、薄暗がりの空洞の向こう側に人影が見えた。
目を凝らしてみると、その2つの人影は機械に何かを取り付けているように見える。
「あっ!!お前達は!!」
俊哉が大声を上げると、その二人組ははっと顔を上げたかと思うと、急にこちらに向かって突進してきた。
「きゃあああああ!!!」
瀬菜に掴み掛かった男に対して、俊哉が殴り掛かるも
「お前の相手は俺だよ!!」と別の男が俊哉をすぐに羽交い締めにしてしまう。
「んにゃろー!!瀬菜を離せ!!」
すると、急にいきなりカメラのフラッシュのような閃光が男の目の前で瞬いた。
「うわっ!!何だクソっ!!」
男の力が緩んだ隙に男の手から離れた俊哉は、同じくひるんだもう一人の男の顔を殴って瀬菜を解放した。
「くそっ!!もう目的は果たしたから早く逃げるぞ!!」
二人の男はあっという間に別の坑道に入り、姿を消してしまった。
「ふぅ、瀬菜、大丈夫か?」
「私は大丈夫......今の閃光、コロちゃんが出してくれたの?」
「ん」
瀬菜に向かってガッツポーズをするコロを、また瀬菜がぎゅっと抱きしめてしまった。
「っていうか、アイツらは何をしてたんだ......?」
俊哉達が、あの2人組がこそこそしていた機械の方に行ってみると、大変な物を見つけた。
「ひっ......!!」
「これって、じ、時限爆弾かよ!!??」
あからさまにタイマーを示す液晶表示と基盤、そしてコードが粘土の塊のようなものに接続されて、一まとめにケースに入れられていて、そのケースがエレベータ用機械の隙間に収まっていた。
時刻を見ると、あと10分を切っているではないか。
「こっ、これ、解除できねーかな!!」
「やや止めなよ!!映画じゃあるまいし素人が解除なんか出来っこ無いでしょ!!」
「とりあえず取り出すぞ!」
ひょいっと掴んだそのケース入り爆弾は、小学校で使う図工用道具箱程度のサイズだ。
「じゃ、じゃあこれを地上まで運んで」
「ちょっと待ってよ!ここから地上までどれくらいあると思ってるの?」
「ぐっ......!」
確かに普通に歩いても地上からここまで1時間近く経っている。
それに、坑道はぐねぐねと入り組んでいて少しでも迷ったらそこで終了だろう。
「じゃ、じゃあどうすれば!!」
「......あっ、ねえコロちゃん!!立坑ってここ以外にもあるの?出来るだけここから遠く離れた所がいいの!!」
コロがよく分からないといった風に首を傾げたが
「コロ!!よっく聞けよ!!これは爆弾って言って、作動したら大爆発を起こすんだ!!
そうしたら、この前俺がペットボトルロケットを破裂させたのより何十倍何百倍いやそれ以上のでっかいボン!!が起こるんだ!!そうしたらこの空洞も、機械も、そして俺達も全員潰れちまうんだ!!」
コロは恐らく半分も意味が分かっていないようだったが、それでもびっくりして青ざめたような表情を浮かべる。
「だから、ここがお前の家だっていうコロの協力が必要なんだ!!頼む!!この付近で、なるべく頑丈で周りに響かないような立坑に行きたい!!そしてコイツをそこに放り込んだらすぐに逃げるから!!だから教えてくれ!!」
「......ん!!」
コロは、意を決したかのように瀬菜の腕から飛び出し、そしてある坑道の方に進み始めた。
「よし、行くぞ!!瀬菜はここに残るか、地上に出て大人の助けを呼んできてくれ!!」
「えっでも、地上への道が......」
「そこに非常口って表示があるだろ!!」
空洞の反対側に、青緑色に光るお馴染みの標識がついた坑道があった。
「えっあっ!!分かった!!」
そして3人はそれぞれの道に向かって走り始めた。
コロを先導に、時限爆弾を手にした俊哉は坑道を駆け抜けていく。
コロは不思議な事に、地面を走っているのではなく空中を飛んでいるらしく、俊哉の目にはぼうっと光る小さな人影が常に目の前を上下に揺れているように映る。
「こっ、コロ!ここはお前の家だって言ったよな!って事は、家族、とかも居るのかっ?」
息を切らせながら発した質問に、コロは飛びながら頷いたようにみえた。
「って、事はさ、避難、させなくて、平気、なのかよ?ハァ、ハァ」
「......ん、だい、じょう、ぶ」
「そ、そうなのか?ハァ、ハァ」
「......ん、知って、る」
「......?」
と、急にコロが方向転換をし、分岐路の一番右にある下り階段のような道に入ったので俊哉もそこに飛び込んだ。
「お、おい!!あ、あと10秒切った!!」
「......ん!!」
すると、目の前が急に開けたので俊哉が立ち止まると、その俊哉が立つすぐ一歩先に直径数mの立坑が
あった。立坑の下は何mあるかは分からないが、とても深いように見える。
「うぉおおおおおめっちゃビビった!!ってヤバい!投げ入れるぞ!!」
言うなり俊哉は勢いよく時限爆弾を立坑の底に投げ入れた。
そして俊哉とコロは急いで元の道を引き返した。
「ううぉおおおおおおお間に合えーーーーー!!!」
ドゴオォオオオオオオオオオオオォォォン!!!
大轟音がするのと同時に、俊哉の身体が急に何かに押しつぶされるかのように倒され、俊哉の意識はそこで途絶えた。




